「体罰で子供しつける」が許されない納得の理由

あらゆる教育の場面において「体罰」というものは許されることではない。
だが、体罰がいけないという明確な理由が語られることはあまりない。
暴力を他者にふるうことが許されないということは勿論だが、
それ以外にも体罰にはマイナスの要因を多数孕んでいる。


以下引用
======================
残念ながら、家庭や教育現場での体罰や虐待に関する悲しいニュースを目にすることが多々あります。たいていの加害者は「しつけ」や「教育」のためであると話しているようです。
こういう痛ましいニュースが話題になるたびに、インターネット上では「体罰は絶対にいけない」「多少の体罰はしつけや教育のために必要」という両方の意見が書き込まれます。この問題については、まず先に結論から言います。体罰は絶対にダメです。体罰には、次のようなたくさんのデメリットがあるからです。
1つは、体罰と虐待の区別はつけられないこと。どこまでを教育やしつけの一部とするか、どこからを虐待とするか、線引きすることは不可能です。ルールを決めるときは、できる限り「曖昧さ」を排除する必要があります。曖昧なルールは、運用する側の都合のいいように、恣意的に利用される恐れがあるからです。
例えば、体罰を肯定する人は「よい体罰と悪い体罰がある」などと言いますが、誰がどう判断するのでしょうか? ひとたび「よい体罰」が容認されてしまえば、その境界線はどんどん拡大される危険性があります
また、体罰はするほうもされるほうも慣れてしまうので、エスカレートしがちです。つまり、体罰を繰り返すうちに、より強度の高い体罰が必要になってしまうため、場合によっては子どもの健康や命にもかかわります。
そして、体罰を受けた人は、そのときの体の傷だけではなく心にも傷が残り、後々まで影響を受けることが知られているのです。体罰を受けた人は、成人後に不安障害やうつ病、依存症などの精神疾患に罹患しやすいという研究データもあります(※1 National Epidemiologic Survey on Alcohol and Related Conditions)。
さらに体罰を受けた人は、自分が親や指導者になったときに体罰を繰り返してしまうという「体罰の連鎖」が起こりやすいのも問題でしょう。これは「虐待の連鎖」と同じことです。

中略
さて、「絶対によくない行動」をとった場合は、どのようにするのがよいでしょうか? いろいろな方法がありますが、代表的な方法の1つに「タイムアウト」があげられます。
タイムアウトとは、子どもをその場からいったん離して、1人にさせる時間をとる方法です。あまり長時間になると、罰ではないのに「罰を受けている」というネガティブな感情を惹起させることになるので数分程度にしましょう。
例えば、ほかの子どもに暴力を振るうというのは、「好ましくない行動」ではなく「絶対によくない行動」です。このような行動をとった場合、タイムアウトを宣告したうえで、あらかじめ決めた場所に連れて行き、1人で冷静になる時間をとらせます。タイムアウトは「シンキングタイム」とも表現されることがあります。興奮状態に陥っているような場合には、何を言っても頭に入らないので、とにかく冷静になるまで待つということも必要なのです。

======================




参考引用:東洋経済ONLINE「体罰で子供しつける」が許されない納得の理由より
リンク

 

 

 

ABC豆

生きる力を育てる~親の認識転換が不可欠~

四年制大学を卒業した学生のうち3年以内に退職する若者の理由のうち「自分のやりたい仕事と違った」という回答が上位に入る。なぜそうなるのか?「やりたい仕事」「向いている仕事」に就くために子供の職業意識をを転換するにはどうすればいいのか?


リンク:リンク
WEB:「生きる力」を育てるとは、「自分で選ぶことができる力」を育てること

以下抜粋

-------------------
>「子どもたちの職業意識を育てるためには、人の生き様に直接触れることが一番大切」

>「学校では、生き方について子どもたちがじっくり考える機会がなかなかありません。保護者の方はひとりの社会人として、ぜひ自分の生き様を子どもたちに語ってください。一番身近なおとなである保護者の生きがいや苦労を実感するだけでも、子どもたちはびっくりするほど成長しますから」

>保護者が先回りをして平坦な道を用意することは、子どもたちの「生きる力」の芽を摘んでしまうことかもしれません。

>子どもたちは狭い視野でしか物事を考えることができません。しかし、自分で考え、自分で選んだという経験が大切なのです。

>。「生きる力」を育てるということは、自分で考え、自分で選んでいける力を育てるということなのではないでしょうか。

 

 

 

道民

「新卒採用、やめます」企業も出現。変わる就活と増える中途採用

ビジネスインサイダーからの引用リンク
経団連が2021年卒から、情報解禁や採用選考で足並みをそろえてきた「就活ルール」を廃止するなど、新卒一括採用にこだわってきた日本企業の採用にも、地殻変動が起きつつある。「新卒採用、やめます」と宣言する会社も出てきたが、新卒にこだわらない採用をすると何が起きるのか。そしてその理由とは。

「新卒採用という言葉はなくなる」

「新卒採用、やめます。2021年卒採用という言葉は、ガイアックスの中では、もうなくなることになります」

そう話すのは、ガイアックス採用マネージャーの流(ながれ)拓巳さんだ。2020年末以降、同社は対象を新卒だけに絞った、いわゆる「新卒採用」の活動はやめる方針だという。

ガイアックスソーシャルメディアやシェアリングエコノミーサービスを提供するIT企業。退職後の社員(新卒採用)のうち6割が起業する「起業家輩出企業」としても知られる。
「募集要項などにも、◎年卒採用、新卒採用といった言葉は入れません。便宜的に(新卒を対象とした)就活サイトなどに求人は載せるかもしれません。ただ単に、採用活動で出会う方の中に、学生もいれば、そうでない人もいるだけに過ぎないのです」(流さん)
「新卒採用」という募集の仕方はしないが、新卒の学生を採用しないということではない。社会人の中途採用、未経験者、新卒学生、現役学生であっても、同じ窓口で通年採用するという。
「新卒」「◎◎職」といった求人票の中身に合わせて応募を待つのではなく「その人に合わせて雇用条件や役職も自己申告型でマッチングする」(流さん)という組み立てだ。その人がガイアックスでやりたいことや働ける時間帯を相談の上で、ポジションや仕事をつくったり、勤務形態を決めたりするという。

リクルートキャリアの2018年秋の調査では「過去3年と比較して中途採用の人数を増やす」と回答した企業は、4割を超えた。
2021年卒からは、経団連が就活ルールを廃止し、情報解禁や採用選考開始で足並みをそろえるのをやめる。この動きの背景にも「新卒一括採用で人を補充するのをやめて、3割程度はスキルのある中途にしたい」(大手金融)という本音がある。
グローバル化と技術革新がどんどん進む時代で、イチから自社で「まっさらな新卒」を育てていては、変化のスピードに乗り遅れてしまう、新たなイノベーションが起きない、という危機感があるからだ。
ただし、新卒一括採用を離れた「柔軟な採用」とセットになるのは終身雇用の崩壊や、成果に応じて報酬やポジションを得るという、シビアな実力主義の流れだ。
この流れの中、自由とセットのより自立したキャリアが求められるのは、新卒でもベテランでも変わりはない。働き手も、覚悟する時が来ているのは間違いない。

 

 

花山薫

高卒採用がトレンドに。その上での注意点多数

高卒採用がトレンドになってきている。そのまま高卒採用が主流になってくる。

引用
リンク
----------------------------------------
平成30年3月、文部科学省より発表された「高等学校卒業者の就職状況に関する調査について」によれば、高校卒業者約10,615万人のうち就職希望者は約18.7万人、うち約18.4万人が就職、就職率においては98.1%(前年比0.1ポイント増)となっています。
男女別では、男子98.5%、女子97.4%で、引き続き高い水準を維持しています。専門学科別では、普通科96.3%に対して、工業科99.5%、福祉99.1%、看護98.4%、水産98.8%、商業99.2%、農業99.0%となっており、専門的な職種に直結した学科は普通科よりも就職率が高い傾向にあります。
しかし、高卒者の就職率や内定率は年々上昇しており、現在も「売り手市場」が続いていると言えます。

学校経由の就活
高卒採用における求人は、主に学校の進路指導部に対してインターネット(厚生労働省職業安定局「高卒就職情報WEB提供サービス」)を通して提供されているため、就職希望者が学校を経由せずに求人情報を入手することは困難です。
また、内定後であれば、企業と就職希望者および保護者が直接連絡を取り合うことが認められますが、慣習としては、内定後であっても卒業までの間は学校を通して連絡をすることが望ましいとされています。
一人一社の原則
高卒採用では、何よりも生徒の学内活動優先が謳われた制度・ルールが作られており、なかでも「一人一社の原則」は代表的なものと言えます。
これは、9月16日の解禁日から一定期間は一人一社しか応募が許されないというものです。一度に複数の企業へ併願することで就職活動に追われることになり、学校生活に支障を来す可能性が生じるとの判断から、この制約が存在しています。なお、一定期間が経過した後は、一ヶ月二社程度の応募が可能となります。
そのため企業としては、二社応募可能時期以降は、内定辞退が発生することも勘案しておかなければなりません。とはいえ、全般的には、大卒採用に比べ、複数内定を持つ生徒は少ないため、企業側は、内定辞退者の穴埋めといった臨時の採用業務に余分なコストを割く必要性は低くなるようです。

 

 

 

おぬこ

単語を覚えるだけじゃダメ。語彙力を鍛える方法を言語学者に聞いてきた

やはり、記憶というものは存在しない。

リンク

Twitterで「○○おもしろかった(語彙力)」というような自虐ネタ風の投稿を見かけることからもわかる通り、語彙力を身につけたいと思っている人は多いよう。

「自分に語彙力があるのだろうか?」と気になった筆者は、調べて見つけた「語彙力診断」に挑戦。

しかし二字の漢字の類義語を選択する問題や、マナー的な言葉づかいを試す問題が出題されるケースが多く「語彙力というか、漢字の問題では?」「マナーチェックみたい…」とモヤモヤ…。

そこで、言語学者の石黒圭先生に「語彙力」について取材。

・語彙力の定義や意味
・語彙力の高い人の特徴
・語彙力を鍛える方法

などについて教えてもらいました!

 

 

大川剛史

仕事をテストと勘違い!「100点病」という病

高学歴が陥りがちな点は100点病。高学歴なのに職場で使えないと言われがちな理由も、学校脳、点数主義だから。
以下リンクより引用。
------------------------------------------------------------------
●私のしくじり:仕事をテストと勘違い!「100点病」という病
「めいこちゃん、悩み続けるくらいなら周りにアドバイスを求めてみたら?」
と助言をくれた先輩に、生意気にも反論する私。
「そんなの無理です! 未完成の仕事にコメントなんてもらえません」
すると、先輩は呆気にとられてこう言ったのです。
「いつでも相談していいんだよ。仕事はテストじゃないんだから」
そこでやっと気付いたのです。私は今まで、ある大きなしくじりを犯していたのだと……!
そう、私は「100点病」でした。

担当した仕事は自分一人で完成させねばならないと思い込み、自分が納得するまで上司や同僚に意見を求められずにいたのが間違いでした。私の企画がうまく通らないのも、仕事が遅いのも、「100点の答えを示さないといけない」という強迫観念が原因だったのです。

●テスト漬けの生活。膨らむ恐怖とプレッシャー
私はなぜ、「100点の答え」にこだわるようになったのでしょう。振り返ってみれば、私のこの姿勢は、学生時代から今までの十数年をかけて育ててきたものでした。

私は天才ではありませんでした。文学部らしく言うならば、『めいこは難解な定理はわからぬ。中堅進学校で真面目に授業に出席し、過去問をコツコツ解いて暮らしてきた』生徒でした。そんな「ガリ勉メロス」が評価を受ける機会といえば、テストの答案がほとんどです。びっしり埋めた回答欄に赤ペンでマルとバツが付き、先生の「ここが間違っています」「次は満点を取ろうね」というコメントに頷く。計算ドリルから東大入試の模擬試験まで、何年も同じことを繰り返してきました。合格点を取りたい、バツを減らさないと、100点を取れる答案を完成させなきゃ……。

このプレッシャーは、大学に合格してからも消えませんでした。東大生は、入学後もテストで成果を出さねばならないのです。東大では3年生から法学部や文学部といった学部・学科に配属されますが、その選択権は1、2年生時代の成績順に与えられます。この「進学振り分け」と呼ばれる制度によって、ガリ勉タイプの東大生は入学直後からテスト勉強に明け暮れ、希望の学部・学科への道を走り続けることになります。

●公務員を経て「100点病」は重症に
就職後の公務員生活でも、私は相変わらずでした。上司に間違いを指摘されないよう、作り込んだ書類を持って報告に行く。答案にバツが付くのを恐れていた学生の頃と同じように働いていました。

お役所は、私のような「100点病」患者でも褒められる環境でした。人事異動が頻繁にあり、業界知識や前例に精通しない上司の下で働くことも多かったからです。彼らに作りかけの案を持ち込んで「これからどうしましょう?」と相談するのはナンセンス。時間を掛けても、完成品を仕上げて報告する方が喜ばれました。

もちろん全ての公務員には当てはまりませんが、少なくとも当時の私は「100点の答え」を出し続けるスタイルでも評価されていたし、それに何の違和感も覚えませんでした。こうして私は、仕事を数ヶ月単位で溜めるようになったのです。

●「使えない高学歴」の誤解。彼らも100点病患者かも
皆さんは「高学歴は仕事ができない、使えない」と聞いたことはありませんか。自分自身が仕事のできない東大卒になった経験から、私はこの意見は一部正しくて、一部は的外れだと感じています。

「勉強ばかりで人の気持ちが分からない、自分が一番賢いと思っていて指示を聞かない、だから高学歴は使えない。」

私はそんな論調に触れるたび、一人の東大卒としてムカムカしていました。私は絶対に違う。大学の友達にもそんな子はいなかった。この説は大嘘だ。そう思っていました。

実際のところ、東大ではコツコツ勉強してきたタイプの真面目な学生が圧倒的多数派です(テレビで見るような天才ばかりではありません)。彼らは模試やテストで「天才と自分に圧倒的な差がある」と嫌というほど知っているので、賢さを過信するどころか非常に謙虚です。

それに、入社後に「使えない」と断じられる高学歴の学生たちは、そもそも選考を経て内定を得ています。人事には、最低限の協調性やパーソナリティが評価されているはずです。

それを踏まえると、企業のおじさんたちがいう「人の言うことを聞かないロボットのような高学歴」は虚像に過ぎないと思うのです。

彼らの実情は、仕事でも「100点の答え」を求めてしまう、私のような人たちではないでしょうか。学校で先生の添削を受け続けた経験から、職場では完成した仕事を上司に示せるまで抱え込んでしまうのです。そんな仕事の進め方は、こまめな相談を当然とする上司に「こいつは周囲に意見を求めようとしない、言うことを聞かないやつだ」と誤解されるでしょう。

仕事ができない高学歴の正体は「100点病」患者たちかもしれません。

 

 

 

匿名希望

割合の計算ができない人が増加

今日、単純な割合の計算やパーセンテージが理解できない大学生が増加してきているようです。その原因としては、学校のマークシート形式のテスト形式や暗記脳的な教え方が原因だとも考えられます。


以下引用


「%」が理解できない大学生たち
ところが、この「%」に関して現在、大学生の理解で異変が起きている。「2億円は50億円の何%か」という質問に対して、2を50で割って正解の4%が導けない学生や、消費税込みの代金は定価の1.08倍になることの説明ができない学生が多くいる。毎年行われている全国学力テストで、それらを裏付けるものも報告されている。

たとえば2012年度の全国学力テストから加わった理科の中学分野(中学3年)で、10%の食塩水を1000グラム作るのに必要な食塩と水の質量をそれぞれ求めさせる問題が出題されたが、「食塩100グラム」「水900グラム」と正しく答えられたのは52%にすぎなかった。1983(昭和58)年に、同じ中学3年を対象にした全国規模の学力テストで、食塩水を1000グラムではなく100グラムにしたほぼ同一の問題が出題されたが、このときの正解率は70%だったのである。

ここ数年、他大学のさまざまな分野の教員から、「%」を理解していない大学生の情報が寄せられるようになった。さらに、本年2月下旬に発行された雑誌『数学文化』第31号でも思わぬ記事を見た。

小学校の元先生は、2015年度の全国学力テストの算数B(小学6年)で、正答率13%という極端に出来の悪い「%」の問題があることを指摘され、以下のことを述べられている。

「この数値は本当に大変な数値で、マスコミが取り上げないといけないと思うのですが、この数値が話題になることはついにありませんでした。もっと驚くのは教育学者や数学の専門家が何も言わなかったことです」

さらに、その先生は「中学生になって割合の学力が回復する子はそんなに多くないように思われます」と結ばれている。それに筆者が付け加えるならば、大学生になっても変わらないと述べたい。

これまで専任と非常勤を含めて10の大学で文系・理系合わせて約1万5000人の大学生を指導し、また小・中・高の約200校で出前授業を行い、さらに、大学で
の就職委員長を務めていたとき、夜間に「就活の算数」ボランティア授業も行っていた。そのような事情もあって、最近の「%」の問題は肌で感じていた。

そして、「数学が苦手な生徒は、答を当てるマークシート式問題だけ解ければよい」という困った指導が広く行われていることに対し、ある学生が「数学を苦手としている者でも、本心は時間をかけてでも内容をよく理解したいと思っているのです」と熱く語ったことが忘れられなかった。

 

 

 

匿名希望