アリババが研究拠点設立し、2万人を超える人材へ投資。投資規模は3年間で1兆6,000億円。

 経団連と大学の議論。なんともゆったりしているが、その間にも世界では、国境を越えた人材獲得競争が始まっている。

リンクより引用します。

※※※以下、引用※※※

産学協議「学生不在」の舌戦

 先月31日朝、東京・大手町の経団連会館。上座には東京大、京都大、明治大の学長ら。下座に経団連会長の中西宏明(72)、新日鉄住金社長の進藤孝生(69)ら。教育に一家言ある論客が居並んだ。「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」(大学側座長=山口宏樹・埼玉大学学長)の初会合だった。

「就職活動の早期化は学習環境を破壊する」

「就活への基本的な考え方は今後の議論にかかわらず変わらない」

 大学トップらの「まるで放言大会」(関係者)のような注文に対し、経営者の意見は一般論が多く、原稿を棒読みする姿もみられた。「これでは文部科学省の審議会と同じ。もっと本質的な議論を」。国立大学トップの一人は苦言を呈した。

 結論の見えない空中戦の前段に、中西の挑発がある。昨年9月の定例記者会見。

「大学は自分の授業に自信がないのですか」

「産業・経済活動に有益な勉強をさせることが重要」

 大学批判を繰り返し、中西は議論を呼びかけた。「ミニ爆弾」(大学関係者)が波紋を呼んだ。

「勉強しない」責任は

 東大が過去に、日米の大学1年生の勉強時間を比較したデータがある。1週間の勉強時間が「0~5時間」と答えた学生は日本が67%に対し、米国はわずか16%。84%が「6時間以上」と答えた。

 日本の学生が勉強しないのは大学、財界どちらの責任か。長く「神学論争」の的となってきた。大学は、就職活動の早期化が学生の学業を妨げていると訴える。企業は、大学の授業が実用性からかけ離れ、魅力がなくなっていると批判する。それぞれの建前だ。

 本音はどうか。経団連は2015年、就活ルールを定める採用指針に「履修履歴や成績証明の一層の活用」を盛り込んだ。その3年後、経団連が会員企業を対象に行ったアンケート調査。回答597社のうち選考時に成績を重視したと答えた企業はわずか4・4%だった。協調性、主体性など全20項目で18番目にとどまる。これまで業務中の指導・教育(OJT)が人材育成の柱だった日本企業。大学に成績を期待してこなかった。

 急に声高に訴え始めたのは、国際競争の激化で必要な「技術革新を生み出せる人材」はOJTでは育てられないとの危機感だ。経済産業省の資料によると、OJTを除くと、日本企業が社員に行う人材投資は国内総生産(GDP)の0・2%。欧米の主要国に比べ5分の1以下の水準だ。

(中略)

人材獲得 世界と競う

 昨年1月、スイスで開かれた世界経済フォーラム年次総会「ダボス会議」。中国のネット通販大手「アリババ集団」の馬雲(ジャック・マー)会長(54)は就活経験を語った。

ファストフード店の仕事は応募者24人のうち自分だけが不採用になった」

 30社以上で同様の経験をしたという。マーを支えたのは独学で身につけた英語。翻訳会社を起業した。

 教育の重要さを痛感するマーは、アリババ創業20年となる今年9月、経営から引退し、若者への教育・慈善事業に力を入れる。

 アリババは17年秋、研究拠点「達摩院」を設立し、2万人を超える技術者や研究者らへの人材投資を進める方針を示した。投資額は3年間で1000億元(約1兆6000億円)。富士通時価総額に相当する。

 経済のグローバル化で、国境を越えた人材獲得競争はすでに始まっている。大学と企業が本音と建前を使い分け、学生不在の議論を戦わせる猶予はない。

※※※引用、以上※※※

 

 

 

野崎章

学びの場から復興リーダーを育てる「コラボ・スクール大槌臨学舎」の取り組み

リンク

(以下引用、中略)
津波の被害を受けた岩手県大槌町に、「コラボ・スクール大槌臨学舎」という放課後学校があります。「被災した子どもたちのために安心して学べる場をつくり、東北復興を担うリーダーに育てる」という目的で、さまざまな取り組みを進めています。

スタッフの金森俊一さんに、臨学舎の活動と子どもたちの成長の様子を伺いました。

■子どもたちが落ち着いて勉強できる場所を
NPO法人カタリバ」が運営するコラボ・スクールは、震災後、塾に通えなくなった子や、狭くて壁の薄い仮設住宅で落ち着いて勉強ができないという子どもたちのために、学習機会を確保する目的で作られました。大槌臨学舎は、宮城県女川町の「女川向学館」(2011年7月開設)に続き、全国2校目のスクールです。

大槌町岩手県の沿岸部にあります。震災前は15,994人が住んでいましたが、津波の被害などで1,284人が亡くなったり、行方不明になったりしました。住宅の倒壊率も64.6%と高く、今も仮設住宅に暮らす人が大勢います。

臨学舎の生徒は地元の中学2,3年生の計約120人。開設当初は町の公民館を借り、生徒も3年生のみの約80人でしたが、2年生の受け入れも始めたことで生徒が倍増。2013年10月に町内に校舎を新設しました。授業料は月5,000円からと、一般の塾に比べて手頃な料金に設定されています。
(中略)

■試練を越えた子どもは誰よりも強くなる
学力の向上に力を入れるコラボ・スクールですが、塾とは大きく異なります。「東北の復興を担うリーダーを育てること」を目的に掲げている点です。

金森さんは、コラボ・スクールを開設したカタリバ代表理事の今村久美さんの思いを、次のように話してくれました。

今村は震災後、宮城県の被災地を訪れ、アスファルトの上で勉強している子どもを見ました。このままでは震災のせいで夢をあきらめたと悔やむ子どもが出てくる。そんな悲しいことはさせたくないと考え、コラボ・スクールをつくりました。

試練を乗り越えた子は、誰よりも強く優しくなれる。その子どもたちの中から、10年後の東北を担うリーダーが生まれると信じて、今村も私たちも子どもたちに向き合っています。

子どもたちが自分の力で課題や解決策を考えられるようになってほしいと、勉強以外の活動に力を入れています。たとえば、生徒が地元の人たちから町のなりたちや歴史、魅力を聞き取り、町外から訪れるお客さんを案内する「ガイド・プロジェクト」があります。

高校生による「マイプロジェクト」は、最もコラボ・スクールらしい活動と言えるかもしれません。一人一人が町の課題を探り、解決策を考えていこうというプロジェクトです。

ある生徒は、100年、1000年後に生きる人々に震災の教訓を伝えたいと言い、木碑を建てることを提案しました。よくある石碑では、作っただけで満足し、やがて忘れられてしまうからです。木を使うことで定期的に作り直す機会を作り、振り返るきっかけにしました。木碑の文面も地元の住民と一緒に考え、「地震が来たら、戻らず高台へ」と刻みました。
木碑は2013年3月、地域の力を借りて町内に建てられたそうです。子どもたちは「悲しみを強さに変えてほしい」というスタッフの願いを受け止め、成長を続けています。

■効率ではなく、周囲を良くする仕事を
コラボ・スクールの立ち上げから運営まで奔走してきた金森さんですが、元々はまったく別の業界で働いていました。(中略)
2011年2月に退職した直後、震災が発生。自分にできることは何かと考えていた同年9月、グリーンズが主催する「green school Tokyo」のコミュニティデザイン学科に通い始めました。

震災の影響や復興、過疎地の活性化などを考えたとき、コミュニティデザインの力が重要になると考えました。勉強というよりも、自分にとって大切なことや働き方、社会との関わり方などについて考えさせられる、貴重な機会でした。

この時、ゲスト講師として来ていたカタリバの今村亮さん(今村久美さんのパートナー)に出会います。コラボ・スクール開設の話を聞かされ、直観的に「自分ごととして取り組める、大事な仕事」と感じた金森さん。直後の2012年1月、単身大槌町に向かっていました。

■地域の人々に支えられて
立ち上げに無我夢中だった金森さんが壁にぶつかったのは、その年の4月でした。受験まで間があるためか、新しく中学3年生に進級した生徒たちはモチベーションが高くありません。「自分のスキルが低いせいか」と悩む金森さんを支えてくれたのは、学校の先生や地域の人、保護者の方々でした。

仮設住宅などに住んでバラバラになった子どもたちが、安心して心の拠り所にできる場所。毎日開いていて、友達やスタッフがいる。子どもたちにとって放課後の居場所としてとても大切だと言ってもらいました。無事に運営していくことだけでも意義があるんだと思えるようになり、また頑張れるようになりました。
(中略)

資金を確保できなければ、継続的な運営はできません。これまではカタリバへの寄付や助成金などでまかなってきましたが、地元の人や保護者に、授業料を払うだけの価値を認めてもらわなければいけないと思っています。経営努力に加えて臨学舎の活動や趣旨をもっと伝えていくことも重要でしょう。

コラボ・スクールのような活動は、被災地だけでなく、日本各地で求められているように思います。いずれは、女川や大槌以外の場所でも展開していくことになるかもしれませんね。失敗するかもしれませんが、どきどきするようなことにこそチャレンジしていきたいです。
(中略、引用終わり)

 

 

 

新川啓一

子育てを巡る欧米と日本の違い

「逝きし世の面影」(渡辺京二箸)に、昔日本へきた外国人が一様に「幸せそうな日本の子どもたちに驚く」様子が紹介されており、逆にそのことに驚いた記憶があります。
欧米と日本では子供についての見方は大きく異なるようです。
「街場のアメリカ論」内田樹:著から紹介させていただきます。

以下引用(順序入れ替えを含む)~~~~~~~~~~~~~~~~~

アメリカの映画や漫画やテレビドラマを見て、そこでの子供の描かれ方がどうも「かわいくない」と感じるのは私だけでしょうか。
ものすごくかわいい子供が出てきて、胸がきゅんと詰まって、ふれたい、抱きしめたい、保護したい・・・といった感情を無条件に発露させるような子供の描き方を私は見た事がないのです。アメリカの物語で描かれている子供は、みな生意気で、どちらかといえば邪悪なのです。これは私1人の見方とは思われません。

中略

とにかくこの手の映画をハリウッドが文字通り「量産」しているという事実は「子供は邪悪だ」という信憑がアメリカ文化に伏流していることをあらわに語っているのではないかと私は思うのであります。

エリザベート・バダンデールはその「母性という神話」のなかで、中世の親子関係が私たちの想像するものとはずいぶん違っていた事を豊富な事例を挙げて教えています。

中略

 バダンデールの示したデータの中でもっとも衝撃的なのは十八世紀の末のパリの子育て事情です。そのころ、ブルジョワの家庭では子供を母親が育てず、乳母を雇うか里子に出すのが流行していました。(「この階級の女たちは、子育てのほかにすることがたくさんあると考え、そう公言してはばからない」からです。)
子どもたちパリから遠く離れたノルマンディやブルターニュにまで里子に出されました。1780年、「首都パリでは、一年間に生まれる二万一千人(総人口は八十万から九十万人である)の子供のうち、母親に育てられるのは千人に満たず、住み込みの乳母に育てられるものは千人である。他の一万九千人は里子にだされる」。
その一方で、貧しい家庭では子供の生存そのものがただちに親たちの生存を脅かすものでしたから、親たちは手元不如意になると「子供を早く墓場に送る、さまざまな方法」に訴えました。孤児院に送るか出来るだけ安い乳母に預けるか、どちらにしても子供の生存確率は高いものではありませんでした。

 児童虐待についてはアメリカには長い歴史があります。起源は清教徒たちが新大陸に移住してきた時代まで遡ります。全ての人間は生まれながらにして罪人であるとするキリスト教原罪思想はとくに正教徒においては強いものでしたから、子供は生まれながらに「純真」であるとか「無垢」であるという子供観はここには入る余地がありませんでした。
むしろ子供を殴って肉体から悪を追い払うことは、宗教的に容認されるどころか推奨されていたのです。子供への体罰は教育の王道、親や教師の権利と言うよりはむしろ義務だと考えられていたのです。
1960年代になってようやく児童虐待が社会問題としてクローズアップされる事になります。

引用終わり~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

こうした欧米人と日本人の子供観の違いは今も依然として残っているのでしょうか。
詳細については原文を読まれることをお勧めします。

 

 

 

高橋克己

俗に言う「バカッター」は学校教育の敗北でもある。

不適切動画の投稿は、学校教育に苦しむ学生のSOSなのではないか。
(行為自体は褒められたものではないが...)

引用元:リンク
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■強く抑えつけること+排除がスタンダード「だった」学校教育
今は様々なところで校則問題や体罰問題が叫ばれています。

しかし、本当に一昔前、10年前なんかは
「先生、何かあったらうちの子、叩いちゃっていいですから。うちは体罰とか言いません!」
という親がクラスに複数人いました。(今はごくたまに聞く程度)

体罰を行う教員は

「子どもは大人の言うことを聞くものだ。だからそれから外れることは許されない。」
「大人の要求に応えられない子どもは叱咤の対象である。」

とでも思っているのでしょうか。

これ、一言でまとめるなら「私を敬え」なんですよね。敬えない奴に暴力する人をどうやって敬うのか、教えていただきたいものです。

校則で縛ることも似ていて、中学の先生の中には「校則を少しでも破ることを認めると、そこからほころびが出て学校は崩壊する。だから絶対に校則は守らせないとならない。」という信念のもと、(意味があるのかはわからない)校則を守らせることに燃えている先生もいるわけです。

何が言いたいかといえば、子どもを「管理下に置きたい」という学校教育の姿が垣間見れる訳ですね。(もちろん学校は子ども達を管理下に置いているのですが、自分の所有物のように置きたいという意味で捉えてください)

先生の言うことを聞け。校則は守れ。それが君たちのあるべき姿だと。

そして、訳のわからないツールが流行ると「排除」し続けてきました。Twitter?LINE?危ないから禁止だと。

でも、それはある意味ではそうすることによって学校を守ろうとしていたということもできるかもしれませんが、自分たちの都合のよいように社会から目を背け続けていたということでもあります。

私の経験則で申し訳ないのですが、強く抑えつけた学年を来年担任すると、自由にさせるタイプの教員のクラスは崩壊に近くなります。今まで抑えつけられていた分を発散するかのように暴れます。

■一斉授業で「レールに乗せすぎる」
これもよく見られます。指導案を作ると、指導案通りに進まないと不安になります。
そして、どのようにして「外れないようにするか」を考えてしまいます。

日々の授業でも一緒で、「失敗させないように」いろいろと工夫を重ねていると、完璧なレールができあがっていて、子ども達はそこをスイーっと滑るだけでゴールに自動的にたどり着くようになります。もちろん、学力も高いです。私語もありません。端から見れば完璧に見えます。

■「自分らしくある」場所が消える
日常では強く押さえつけられ、授業ではレールに乗せられる。
満員電車にずーっと乗っているような状態です。

ではこの中のどのタイミングで「自分らしくある」時間をとればいいのでしょうか。

馬鹿なことができる時間、失敗しても笑って終われる時間、やりたいと思うことを好きなようにできる時間。

今回のケースは、その場をSNSに求めたと言えるのではないでしょうか。

■やってはならないことを体感的に理解していない
どのケースを見ても、「普通に考えれば」やるべきではないことです。

ただ、この感覚って日常の小さな失敗体験を積み重ねて強化されていくものです。

このような教育を受けてきた彼らは「失敗の体験」をしていません。
何が失敗なのか教えられていません。失敗に目が向かないように工夫を重ねられて育っています。そして、見かけ上の成功は続いているので自信はあります。
もちろん、家庭では失敗をする場面もあるでしょうが、SNSに家族はいません。
抑圧的な教員も、SNSまでは追ってきません。

「俺がやる楽しいと思うことは(今まで通り)みんなも楽しいと思ってくれるだろう」

「これでいいね!がいっぱいもらえるぞ。」

と何ら疑うことがありません。

SNSの使い方も排除されているために指導されていません。

抑圧されていたものが一気に表出します。

その結果が今の状態なのではないでしょうか。

■なぜ数年のスパンで繰り返されるのか
そのときに学校の締め付けが強くなるからではないでしょうか。緩んでくるとこうなると。なので、同じように学校が対応する限り、同じスパンで起きると思います。

2006年に、前略プロフが新聞に取り上げられました。その頃のはてブではtinycafeさんが無断リンク禁止!と言って叩かれる事案が起きています。(バカッターの炎上に似ています)
2013年はバカッター元年とも言える年。
そして2019年に再来。

次は2024年あたりでしょうか。

■じゃあどうするのか
まずは挽回可能な失敗をさせること。

失敗が許容されている学習環境を作る
小さな成功体験と同じように、小さな失敗体験も積ませる
失敗したら、なぜだめだったのか自分で考えさせる
行き過ぎる寸前で止められるように整えておく
…というように、実はめちゃくちゃ手間がかかるんですよね。この方法。なので、振り出しに戻ってあのように管理したくなる気持ちもわからなくはない。

でも、ここでやらないと連鎖は止まらないと思います。

知識伝達型一斉授業の形式から、PBLへ。学び合いへ。知識構成型ジグソー法へ。何でもいいのですが、余白のある学習形態にしていかないと、失敗は生まれません。

SNSについては

限定公開なんてなかった(スクリーンショットされたら終わる)
無限に増殖する
一生消えない
ことは最低限伝えたいところですが、それに加えて「どのように活用すべきか」を教えないと本当はいけないんだろうなぁと思います。

排除じゃなくって、活用方法を考えていくこと。

失敗をさせること
SNSの活用を考えさせること
この二つが揃うと、バカッターは減っていくでしょう。

本当は失敗しても大丈夫なSNSがあると良いんですけどね。なかなか難しい。

この世の中でSNSを使わずに過ごすことなんてもはや不可能なんですから、どんどんよい方向に活用してほしいものです。

以上、バカッターは学校教育の敗北でもある気がする話でした。

 

 

 


土偶 

不登校はもう古い!フリースクールや学校以外の選択

以下リンクより

どうせ通うなら、好きな学校に通いませんか。

今は、学校といえばだいたいのひとが思い浮かべるものはひとつですね。
でもきっとそのうち、「学校」と一言にいっても、それぞれイメージの異なるものになります。

オルタナティブスクールは、現在の公教育とは別の方針・理念をもって運営されているスクールの総称です(総称なので、各校それぞれいろんな特色があります)。
不登校だから通う」というのではなくて(不登校の子どもがダメということでもなく)、その教育・学校が好きだから通う、という場所。

 

現在の公教育、公の学校はわたしたちは好きじゃないし、必要ないけれど、そのものが悪だとは思わないし、なくなればいいとは思っていません。

悪があるとすれば、そのほかに選択肢がない(という風潮がある)ことだと思います。

どんな学校に行っても、行かなくても、どうでも関係ない、というのがいちばんいい。
行きたければ行けばいいし、行きたくなければ行かなきゃいいし、どうせ行くなら、みんな自分が好きな学校へ通っているのがいいと思う。

 
以下は、代表的なオルタナティブスクールの紹介です。
 
サドベリー教育
サドベリースクール(デモクラティックスクール)には、ここで挙げるオルタナティブスクールのなかでも、最も枠や決まりがなく、カリキュラムやテスト、クラスなどは一切ありません。
以前、吉田晃子が立ち上げ・スタッフとして勤め、星山海琳が通っていたのもこのスクールでした。

子どもにとって良いもの・悪いものの区別もなく、先生もいない学校を、子どもと大人で民主的に自治運営しながら、それぞれ自分の好きなことを学びます。

アメリカ・ボストンの「サドベリー・バレー・スクール(Sudbury Valley School)」とおなじ理念で運営されています。

* … デモクラティックスクール・ネット正会員スクール

札幌サドベリースクール(北海道札幌市)
デモクラティックスクールつながるひろば(栃木県栃木市
* デモクラティックスクールさいたま あみゅーず(埼玉県さいたま市
TAMAサドベリースクール「さくらんぼ学園」(東京都八王子市)
外房サドベリースクール(千葉県いすみ市
* 東京サドベリースクール(東京都世田谷区)
* 湘南サドベリースクール(神奈川県茅ヶ崎市
* 八ヶ岳サドベリースクール(山梨県北杜市
岐阜サドベリースクール ちゃおう(岐阜県瑞穂市
デモクラティックスクール び~だ(静岡県浜松市
* デモクラティックスクールまんじぇ(愛知県一宮市
* 三河サドベリースクール・シードーム(愛知県岡崎市
* デモクラティックスクールまっくろくろすけ兵庫県市川町)
インターナショナル デモクラティックスクール まめの木(兵庫県篠山市
* 西宮サドベリースクール(兵庫県西宮市)
新田サドベリースクール(鳥取県智頭町)
F.I.D.S. 福岡インターナショナル・デモクラティック・スクール(福岡県福岡市)
* 宮崎デモクラティックスクール にじのりずむ(宮崎県児湯郡
沖縄サドベリースクール(沖縄県宜野湾市
デモクラティックスクール みぃち(沖縄県南城市
 
サマーヒル教育
サマーヒル教育をもとにしたきのくに子どもの村では、「プロジェクト」と呼ばれる、クラスごとの体験学習が重視されています。寮生活が基本形となっており、認可を受けている私立学校です。

A・S・ニイルが創立したイギリスの「サマーヒル・スクール(Summerhill school)」のほか、J・デューイ(『学校と社会』などを書いた哲学者)の考えをもとに、学校法人きのくに子どもの村学園によって設立されました。

かつやま子どもの村小学校・中学校(福井県勝山市
南アルプス子どもの村小学校(山梨県南アルプス市
きのくに子どもの村学園・小学校・中学校(和歌山県橋本市
きのくに国際高等専修学校和歌山県橋本市
北九州子どもの村小学校・中学校(福岡県北九州市

シュタイナー教育
ルドルフ・シュタイナーの考えにもとづいたシュタイナー教育では、芸術が重視されており、芸術科目にかぎらず、教育そのものを芸術として扱っています。
子どもへの良いもの・悪いものがはっきりしていて、その環境づくりにも力が入っています。
12年の一貫教育で、入学から8年間はおなじ先生であることや、エポック授業などなど、特徴的なカリキュラムがあります。

学校法人北海道シュタイナー学園いずみの学校(北海道豊浦町)
NPO法人 シュタイナースクールいずみの学校(北海道豊浦町)
NPO法人 東京賢治シュタイナー学校(東京都立川市
学校法人シュタイナー学園 初等部・中等部・高等部(神奈川県相模原市
NPO法人 横浜シュタイナー学園(神奈川県横浜市
NPO法人 愛知シュタイナー学園(愛知県日進市
NPO法人 京田辺シュタイナー学校京都府京田辺市
福岡シュタイナー学園(福岡県福岡市)

フレネ教育
セレスタン・フレネの教育学では、子どもたち自身の生活・経験から書く自由作文というものが重視されていて、それを印刷したものを、(既存の教科書ではなく)テキストとして使用します。
日本ではそれほど広まっていませんが、これを実践、または部分的に取り入れている学校や幼稚園が各地にあります。

ジャパンフレネ(東京都豊島区)
箕面こどもの森学園(大阪府箕面市

そのほかのオルタナティブスクール
根っこの学校 そとっこ・そらまめ (京都府亀岡市

このほかにももちろん、フリースクールにもオルタナティブスクールのようなところがあったり、ごくごく小規模で運営されていたり、どのタイプにも属さなかったり、サドベリーとかシュタイナーとか、そういった名前を掲げていないスクール(「そのほかのオルタナティブスクール」など)もあります。

オルタナティブスクールは、これからもっともっと増えていきます。
そのうち、オルタナティブという言葉も使われなくなるようになるといいな、と思う。
自分が好きな学校へ行くって、すっごい、当たり前のことです。

 

 

 

土澤菜々

現役教師が見る、「帰りの会」がムダな訳

今回の参考文献の著者は現役の教師でもあるが長年の経験から「帰りの会」を行うことについて、
その必要性を問うています。
結論から言うと帰りの会で行われる一連の活動は生徒にはほぼ意味を成していないことが分かった。
帰る間際に係りの伝達などを伝えることがよくあるが、
著者がそれらをどれだけ覚えているか生徒に聞いたところ、複数あった伝達事項のうちにしっかり覚えてたのは最後の一つのみという生徒が大半だったそう。
ここから見えてくるのはいかに現代の子供が聴覚からの情報を掴みきれていないか。
本文では「音声は刹那に消えていく」とあるが、それらを敏感にキャッチしていく能力こそ伸ばしていくべき能力だと感じる。

以下引用
====================
帰りの会の話。
「係からの連絡」などのコーナーを設ける。そうすると、毎年どの学年でも、必ず起きる現象がある。子どもから子どもへの注意である。係や当番の子どもから「みんなきちんとしてください」という類のものである。「自治」という面からすると、悪くはないように思える。しかし、毎日帰り(あるいは朝)にこれを聞くのは、はっきり言って不快である。
先日、時間があったので、「たまにはあれば」ということで促すと、出る出る。その日は、6人の子どもから「注意」が出た。さて、その直後で尋ねてみた。
「今出たもの、全部言える人?」
全く手が手が挙がらない。4つ、3つ、2つと下げても、まだだめである。「1つは言える?」ときくと、やっと手が挙がった。最後の一人が言った「使ったティッシュなどのごみを床に落とさないでください」というものである。
何と、他はほとんど覚えていなかった。衝撃である。しかも、注意した子ども自身も、自分の言ったもの以外は全く覚えていないという有様である(実は大人と同じで、よく周りに注意する人ほど、他人の意見は聞いていない。普段掃除をさぼっている子どもほど、「○○君がさぼってました~」の告げ口が多い現象と根本は同じである)。
よく考えれば、「音声」なのだから、当然である。聞いた刹那に消える。ただ、2つ目、3つ目と全体で聞いていく内に、だんだんと思いだしてきたようではある。
これは、特異な現象ではない。おそらく、どこの教室も同じである。一年生だからではない。実は過去十数年、何度も実験しているが、学年が変わってもどこでも同じである。
ここから何がわかるか。
1.帰り間際の注意はほとんどきいていない
2.話を聞いているようで聞いていない、あるいはすぐ消える
3.人に求める割に、みんな自分が応じる気はない
結論。
多くの教室でなされているかもしれないが、この時間は無駄である。もっと有意義な使い方ができる。
注意はいつすべきか。その場が一番いい。後になって言われても「後の祭り」である。その場ですぐ直すのが一番いい。
「今日のきらきら」のようなものも同じかもしれない。私は長らくやっていない。いいところを見つけたら、その場で伝えるのが一番いい。あるいは、紙に書いて個人的に伝える方が、残るし伝わる(逆に、注意はよほどしっかり伝えたい場合でない限り、紙に書かないのが原則)。
実は意外と聞いてない、伝わってない。だから、忘れる前提で、短く、繰り返し伝える。言おうとしている本人(教師)はできているか、自問する。注意を伝える前に、原則として押さえておくべきことである。

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参考:リンク

 

 

 

ABC豆

10人に1人 隠れ不登校の実態

10人に1人 隠れ不登校の実態

以下引用
リンク
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◆授業が「苦痛」な子どもたち
「学校の授業に興味が持てない。毎日つまらない。学校に行くことが苦痛でたまらない」――。小学3年生のときから遅刻・早退が多かったある男児は、学校に行っても教室には入らず、保健室などで過ごしていた。
知的にはとても優秀だが、書くことが苦手だった。「学校にタブレットPCを持ち込んで授業を受けたい」と教育委員会に要望したが、受け入れられなかった。
中学校に入っても同じ状況だったが、家にいる間に勉強は続けた。「学校には行っていないけれど、勉強はしている」と自信を持ち始めたころに教室への復帰を考え、中学校2年生頃からは少しの間だけ授業を聞くようになったそうだ。
別の男児は、小学生の時に算数が苦手だからと別室で授業を受けるよう指導されていた。しかし、中学校に入ると、数学の成績はトップクラスになった。
「小学校の時は問題が解けても、先生に『どうやって解いたか説明しなさい』とか、『他の解き方はないか』と聞かれるから、何が正解かわからなくなった。中学校では、問題が解ければ何も言われないので楽だった」と振り返る。
後に支援に携わった教員は「学習スタイルが合わずに苦しんでいたのでは」と語る。
この男児が受けていた学習スタイルは「問題解決型」と呼ばれ、日本の算数教育でよく見られるものだ。知識の詰め込み型とは異なり、子どもが課題に対し主体的な関わりを持つことを期待できるとされるが、反面、ゴール設定が曖昧なことに子どもたちが苦痛を感じるケースがあるなど、問題点も指摘されている。

◆通学はしてるけど……
 日本財団は2018年12月、「不登校傾向にある子どもの実態調査」の結果を発表した。「不登校傾向」とは、文科省が定義する「不登校」には含まれないものの、教室に入らなかったり、登校していても遅刻・早退が多かったり、内心では毎日、「行きたくない」と感じたりしていることなどを指す。調査では、こうした傾向を持つ中学生が推計でおよそ33万人いることがわかった。
 これは、文部科学省が18年10月に公表した不登校の中学生約10万人の3倍以上に当たる数だ。日本中の中学生約325万人の10人に1人が「不登校傾向」と考えられることが、初めて明らかになったのだ。
 文科省が定義する「不登校」は、病気や経済的な理由以外で年間30日以上欠席した子どものうち、心理的・情緒的な不安や身体的な症状により、登校しない、またはできない状態だ。いじめに遭うなどして心の傷を負い、学校に行けなくなったケースが典型例と言える。
 日本財団は、調査の対象をさらに広げた。欠席が年間30日未満であっても、何らかの理由で学校になじむことができず、「不登校傾向」にあると考えられる子どもたちについて調べた。調査は18年10月にインターネットを通じて行い、12~15歳の中学生、6450人から回答を得た。

◆「居心地が悪い」「行く意味わからない」
 不登校傾向にある中学生たちに、学校に行きたくない理由(複数回答)を尋ねた。その結果、「疲れる」(44.9%)「朝、起きられない」(33.6%)といった理由に続いて、「授業がよくわからない、ついていけない」(30.0%)「小学校の時と比べて、良い成績が取れない」(27.7%)「テストを受けたくない」(26.8%)など学業に関する理由が上位に並んだ。

さらに分析を進めた結果、学業に関する理由に加えて、いくつかの特徴が見えてきた。
〈2〉の教室以外で過ごす子どもは、「自分についたキャラやイメージが嫌だ」「学校の騒がしさや大きな音が嫌、気分が悪い」といった理由が他の不登校傾向の子どもより目立って多い。教室内で他の友達と共に過ごすことに苦痛を感じている姿がうかがえる。
〈3〉の部分登校では、学校に行きたくない理由として「先生とうまくいかない/頼れない」「学校に行く意味がわからない」を選択する子どもが多く見られた。担任教員との関係構築が難しい場合に、教室にいづらくなる傾向にあることがわかる。
〈4〉の授業不参加型の子どもは、「授業が簡単で面白くない、つまらない」という理由が他に比べて突出していた。「学校では自分が興味のあることや好きなことをやることができない/学校以外でやりたいことがある」という理由も複数が選択しており、授業などの学校生活に意義を見いだせず、苦痛に感じている実態を裏付ける結果となっている。さらに、これらの特徴に加えて、本人の周囲の状況について聞いた設問では、「周りの友達や大人に自分のことを理解してもらえない/もらえなかった」と回答した割合が40.7%と、問題なく登校している〈6〉の6.3%と比較しても非常に高かった。
〈5〉の行動には表さなくても毎日学校に通いたくないと感じている子どもは、「行く意味がわからない」「居心地が悪い」など、学校生活へのネガティブなイメージが強かった。一方で、自分の性格や気質を尋ねた設問では「みんなと仲良くできる」と前向きな感情を持っている子どもが多かった。
学校観を聞いた設問では「学校は行かなければいけないところ」であると感じている子どもが不登校傾向の中で最も多くいた。〈5〉の子どもたちが、学校になじめず苦しむ気持ちの背景には、「行かなければならない」という意識と、学校生活全般にあまり興味が持てない意識がせめぎ合っていることが影響しているようだ。

 

 

 

穴瀬博一