なぜ麹町中の試験は何度も受け直せるのか~一斉テストで序列化する必要はない

試験制度による暗記脳を推進してきた学校も、子供たちの潜在思念を開放する方向へ変化しつつある。
President Onlineより引用です。
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■興味・関心・学ぶペースは子どもによって違う

教育について考える時、次のことをおさえておくのは本来基本中の基本です。

子どもたちは、それぞれ興味・関心も、学ぶペースも、自分に合った学び方や適した学習空間や、いつどこで誰とどのように学び合えばいいかなども、全部異なっているということです。同じ個人においても、これらは成長の過程において変わってきます。

でもこれまで、学校はそのほとんどを統一してきました。いつ、何を、どのように学ぶかということを、あらかじめ決めてきたのです。

子どもたちは、今は算数をやる気分でなくても、「いいから算数をやりなさい」と言われ、好きな本をとことん読み続けたくても、「これから授業です。本をしまいなさい」と言われてしまうのです。これでは、もともとある「学びたい欲求」が殺されてしまうのも当然です。

これが、もっと自分のペースで、自分に合ったやり方で、また自分に合った教材などで学べたとしたらどうでしょう?

■「自分で計画を立てる」と学習意欲が変わる

実はこうした問題意識をもとに、世界には「学びの個別化」の実践を長い間続けている学校がたくさんあります。アメリカ生まれの「ドルトン・プラン教育」や、ドイツ生まれオランダ育ちと言われる「イエナプラン教育」などが有名です。どちらも100年ほどの理論と実践の蓄積があります。

これらの学校では、子どもたちが、自分たち自身で1週間、時に1カ月以上の学習計画を立てます。もちろん、特に低学年の子どもたちは先生が手助けします。でも慣れてくると、自分で学習計画を立てることができるようになります。友だちの力を借りて立てることもあります。

ここでの学ぶべき内容は、あらかじめ決まっています。まさに「出来合いの問いと答え」です。でも、その内容を、お仕着せの時間割通りに学ぶのではなく、自分のペースや学び方で学び進めることができたなら、子どもたちの学習意欲には大きな違いが出るはずです。何しろ、分からなくても授業が先に進むことはありませんし、分かっていたら、自分のペースで先に進んでいけるのですから。

(中略)

■テストを「一斉にする」必要はない

でもそんなことをしたら、一斉のテストなんてできないじゃないか。そう言われるかもしれません。

これにはこう問い返したいと思います。そもそも、わたしたちはなぜテストを一斉にする必要があるのでしょうか? さらに言えば、なぜ、一斉のテストで子どもたちを序列化する必要があるのでしょうか?

義務教育の一つの使命は、すべての子どもたちの「学力」を必ず保障することにあります。「学力」の本質は、哲学的に言えば「自由」になるための「探究する力」となりますが、ここでは話を分かりやすくするため、ひとまず学習指導要領の内容ということにしておきましょう。

原理的には、学校教育は小学校6年間を通して、あるいは義務教育9年間を通して、その内容の獲得を保障する必要があります。それはつまり、その水準の保障さえできれば、子どもたちを序列化する必要などまったくないということであり、また、その到達を保障するためにこそ、そこへ至るまでの学習計画や進度やテストなどは、個別化すべきであるということでもあります。

(中略)

麹町中学校定期テストを廃止した

ICTは、今後そのために活用していく必要があります。AIを活用したEdTech(EducationとTechnologyの合成語)は、何度でも受け直せる単元や内容ごとのテストを、そう遠くない将来、一人ひとりにカスタマイズしてくれるようになるでしょう。

工藤勇一氏が校長を務める東京都千代田区麹町中学校は、上記のような発想から2018年度に出題範囲の決められた「定期テスト」を廃止しました。代わりに、単元ごとのテストと、年5回、出題範囲のない「実力テスト」を行い、子どもたちの学力状況を把握しているとのことです。単元テストは複数回受け直すことも可能です(工藤勇一『学校の「当たり前」をやめた』)。

前に紹介した伊那小学校にせよ、麹町中学校にせよ、公立学校でも、これほどにラディカルな実践をすることは十分に可能なのです。麹町中学校の今後の展開を、ぜひ興味深く注視したいと思っています。

 

 

 

時田 弘 

中学受験「多様化」の実態とワケ…英検準1級並み、プログラミング、AIについてプレゼン

社会で求められる能力をもった子供を増やすために、入試で入社試験のような課題が増えている。

以下(リンク)引用
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■まるで入社試験のような新タイプ入試が続々登場

もうひとつのトレンドが、これまでにない形態の入試を実施する学校が増えていることだ。新タイプ(適性検査型)入試と呼ばれるが、その実施校は、2014年38校→2018年147校、延べ受験者数も1989人から1万3000人に増加している。

 もともとは公立中高一貫校受験生の受け皿として始まった入試で、公立中高一貫校で実施されている適性検査に準じた問題が出題されてきた。適性検査の出題のポイントは大きく2つ。1つ目は、「いかに覚えたか」ではなく、「いかにその場で考えられるか」という思考力・判断力を問うこと。

 2つ目は、「自分なりの提案や意見」をその場で表現できるかということ。公立中高一貫校ができた当初、従来の私立中学受験とは対策が異なるために私立中学との併願は難しいとされてきたが、ここ数年新タイプ入試を実施する学校が増加したことで公立中高一貫校との併願が可能になり、私立中学受験に新たな層を生み出している。

 興味深いのは入試の多様化だ。名称も総合型・論述型・自己アピール型・思考力型・AL(アクティブラーニングの略)型などさまざまだが、中にはレゴブロックを使って考える入試、ワークショップ型の入試、プログラミング入試など、これまでの入試のイメージを覆すユニークなものがでてきた。

 レゴブロックを使った入試でマスコミでも話題になっているのは、聖学院中学校(東京都北区)。2019年入試ではものづくり思考力入試・難関思考力入試・M型思考力入試の3つが行われたが、そのうち2つがレゴを使う入試。この入試を開発した教員は、企業の組織開発や研修用に開発されたレゴ®シリアスプレイ®というメソッドの認定ファシリテーターの資格保持者。

■御三家レベルの課題に挑戦する子どもたち。新タイプ入試は、学力の定義を変える可能性大

それにしても、学校にとってはかなり手間のかかるこのような入試を行う理由はなんなのか。その背景には、前述の公立中高一貫校受験生を取り込みたいという意図もあるだろうが、2020年度から実施される大学入試改革に始まる教育改革の影響も大きい。実社会では、明確な答えのない課題に対して、分析し最適解を導き出し、チームになって解決する力が求められる。そのときに必要になるのが、新学習指導要領でも謳われている、思考力・判断力・表現力だからだ。

 一部の私学では国の教育改革に先駆けて、数年前からそうした能力の育成を重視したプログラムを学内で実施し、入試にも反映し始めている。その結果、出題された問題に対する正解を導き出す力が測られる従来の教科テストでは見えない、別の能力があるということが実証され始めているようだ。

 聖学院の思考力入試で課される問題のレベルは、御三家といわれる超難関校と引けを取らないが、この学校の入試偏差値は47(首都圏模試調べ)。偏差値だけを見ると、「なぜこんな難題を出すのか」という疑問も湧いてくる……。しかし、思考力入試を取り仕切る教員は、「頭のなかにある考えをなかなか言葉に落とし込めない子どもも、手を動かしブロックを使って表現するというプロセスを踏むことで、スムーズに言語化できる」と言う。

 実は、この入試で高得点を取って合格した生徒は同校の上位クラスに所属しているが、一般入試ではこのクラスには届かなかった。しかし、入学後は他の生徒に引けを取っていないという。通常の教科中心のテストでは引き出せない能力が、新タイプ入試なら引き出せるということなのかもしれない。

 また、できるだけ多様な資質を持った生徒を取りたいという狙いもあるだろう。実際、前述の2校では、新タイプ入試で入学した生徒は意欲が高く、一般入試で入った生徒と交ざることで授業にも活気が生まれるという。東大や京大が推薦入試を始めたのも同じ狙いだ。

 ここまで書いて、改めて「学力とは何か」「従来のテストで測られている能力は、ごく一面に過ぎなのではないか」という疑問が出てくる。これまで往々にして、受験を突破するためテストで点数をとれれば学力が高いと評価されてきた。しかし、実際にその枠内には収まらないが、思考力という物差しで測ったときに高いポテンシャルを持つ子どもがいる。新タイプ入試を実施する学校では、そんな潜在能力を持った子どもを見いだし、学内で育てていこうという意図が感じられる。

 

 

 

真鍋一郎 

すぐに業界標準に? アップル、グーグル、ネットフリックスは入社に大卒資格を求めていない

学歴神話の崩壊は、日本以外でも急速に起こっているようです。
表題の企業は、海外企業としてトップを走っている企業。
そこが大卒は必要条件ではないということをオープンにすれば、その潮流は一気に全世界へと広まっていくでしょう。

以下リンクより

学生は大学を卒業すること ── そして、同時に多額の学生ローンを抱えること ── が、アップルやグーグル、ネットフリックスのようなトップ企業に入るための唯一の手段と考えている。

だが、そうとは限らない。

シーメンスUSAのバーバラ・ハンプトンCEO、アップルのティム・クックCEOといった著名なビジネスリーダーは、すでに大卒資格の必要性に疑問を唱えている。クックCEOは、アップルが2018年にアメリカで採用した人材の約半数が4年制大学卒ではないことを最近、明らかにした。

ハンプトンCEOも、仕事のキャリアを開始するには4年制大学の卒業資格が必要という考え方に異議を唱えている。

「求職者は、大卒資格が必要とあまりにも言い過ぎる。実際は大卒資格を本当に必要とする仕事はない ── 単に当社の採用担当者が大勢の中から雑草を選り分け、少数の候補者グループを選ぶことに役立つだけ」と、ハンプトンCEOはホワイトハウスで開かれたAmerican Workforce Policy Advisory Boardの1回目の会議で語った。

今、グーグルやアップルといった有名企業は大卒資格の有無にかかわらず、仕事に必要なスキルを持った人材を採用している。リンクトインによると、現在、働きたい企業として人気の企業の多くは大卒資格を求めていない。また同社の詳細な分析によると、ある職種では大卒ではない人材が多くなっている。電子技術者、メカニカルデザイナー、マーケティング担当者などだ。

とはいえ、大学の卒業資格は効果を生むようだ。アメリカ合衆国労働省労働統計局のレポートによると、2018年、大卒以上の資格を持つ従業員の収入は、全従業員の週の収入の中央値932ドルを上回った。
だが、大学に通うには学生ローンが必要となるケースが多いため、多くのアメリカ人には大学は手の届かないものになっている。アメリカ合衆国教育省によると、アメリカの高校2年生の42%のみが2年制、もしくは4年制大学に進学する。また大学を卒業しても、かなりの人が失業状態にあり、現在、大学卒業資格を必要としない仕事に就いている可能性が高い。
オートメーションが仕事の4分の1を置き換えると考えられているため、専門家と研究者は若い世代に代替案を提示している。例えば、Business Insiderも最近、学校とOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)をミックスした実習プログラムは将来の仕事に役立つと指摘した記事を掲載した。

「ご存知の通り、当社は大学を中退した人物が創業した」とクックCEOはホワイトハウスの会議で語った。

「だから我々は、大卒資格は良い仕事をするために必要などとはまったく考えていない。我々は常に視野を広げようとしている」

 

 

 

 

落地独歩

経団連、通年採用へ大学と合意。一方で政府がルールを主導する危うさも

経団連が通年採用へ移行していくことを大学側と合意しました。春の一括採用に偏重してきた慣行を見直すということです。

>今は就活の時期を決める「就活ルール」を経団連がつくっており、大学3年生の3月に説明会を解禁し、4年生の6月に面接を解禁している。経団連の中西宏明会長は2018年10月、経団連が主体となって就活の時期を定める就活ルールを廃止した。ルールを作る役目は政府が引き取り、21年春入社の学生までは現行のルールが続く。2022年春入社から順次移行する。日経新聞2019年4月18日)


●一方で、ルールを政府が引き取るという話。

>これまでは経団連が事実上の就活ルールを定めてきたが、経団連会員企業に限られており、ルール破りも横行していた。政府がルールを主導することで、順守する対象企業が広がることを期待する。(日経新聞2019年4月15日)

これにより、より政府の縛りが強くなる可能性もある。社会と乖離したお上が一律のルールを創るのではなく、経済界が捉えている外圧と社会変化に同化しつつ、個別企業の裁量に任せるべき。

制度が変われば、学生の意識も変わってくる。
当面は、通年採用とこれまでの冬採用を並列する形での運用となることが想定されるが、各企業での取組み方も多様化してくるはずだ。

 

 

 

 

匿名希望

電磁波漬けの学校

デジタル教科書は児童虐待?(1)マスコミにも見殺しにされている子供たちリンクから引用させていただきます。
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デジタル教科書がいよいよこの4月から導入可能となり、新聞やテレビではこの近未来的なデバイスと教育システムをこぞって紹介している。このデジタル教科書がいかに便利で、効率が良く、教育効果を高めるかをさまざまな具体例を挙げてアピールするのに余念がない。
(中略)
デジタル教科書ということは、けっきょくワイヤレスのタブレットを子供たちに持たせるのが基本になる。“ワイヤレス” ということは “WiFi” である。目には見えないが、教室には “無線電波” が四六時中充満するということだ。つまり、児童、生徒はこれから学校にいる間は “電磁波漬け” になってくることを意味する。

この電磁放射線被曝による子供たちの健康に対する有害性、危険性を指摘する声がほとんど聞こえてこない日本のマスコミが恐ろしい。

総務省が音頭を取って推進している “5G(ファイブジー)” については、4月11日付で東京新聞が日本の新聞では初めて電磁波問題として懐疑的、批判的な記事を掲載していた。 5Gが “電磁波問題” として新聞記事に!ついにタブーを破った東京新聞! 快挙であった。

しかし、わずか3日後の4月14日に同紙に掲載された “デジタル教科書” のカラフルな見開きの特集記事となると、もはや “電磁波問題” としては扱っていないのはどういうことだ? デジタル教科書はWiFiや電磁波と無関係だろうか?
(中略)
冗談じゃない!子供たちがいちばんの被害者なのだ!子供のほうこそWiFi の電磁波の影響を強く受け、脳や身体やDNAに修復不可能な損傷を受けるのだ!大人以上に保護されなければならないのではないか?であるならば、“5G” 以上に問題にしてもいいくらいだ。
(中略)
教室や学校全体がWiFi環境になってしまうことによって、子供たちが恒常的にマイクロ波の電磁放射線を被ばくするのは必然的ではないのか?
(中略)
フランスとロシアでは成長期の子供たちを守るために保育園や学校での WiFi には厳しい規制がある。特にロシアは旧ソ連時代から電磁波の研究は進んでおり、一時期は電子レンジも禁止していた時代もあった。電磁波の研究といっても、兵器としての軍事的な研究であり、電磁波、特にマイクロ波の危険性を熟知しているのだ。 目先の便利さばかりを追求する日本とは違うオトナの国である。

電磁波、電磁波ってそんなに騒ぐことだろうか、とあなたも思っているかもしれない。逆にふつうの日本人がそれほどまでに呑気で無防備であることが問題なのである。日本のことしか知らないと自然にそうなる。
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上前二郎

学校教育がダメな理由と、「学校には価値がある」という主張が無意味なわけ

リンク


学校教育がダメダメな理由

私はツイッターやブログで、学校教育についてよく批判をしているのですが、これも「学校は学びの場としてあまりに生産性が低い」と考えているからです。

興味深いのは、この意見に反論してくる人の大半が、「とはいえ今でも学校教育には価値がある」とか、「私はこういうことを学校で学んで、それが社会に出てから役立った。だから学校には価値がある」と言ってくることです。

この反論と、私の意見の違いがおわかりになるでしょうか?

実は反論はすべて「学校教育の価値はゼロより上である」という意見なのです。私はそれに反対するつもりはありません。学校教育の価値は、間違いなくゼロより上だと思います。でも私の主張の元になっているのは、その価値を得るために投入される希少資源と得られた価値の比率、つまり生産性なのです。

正確に言えば私の主張は「学校での学びは、学びの生産性が他の選択肢に比べてとても低い。だから無理して行く必要はない」というものです。価値がゼロより上だと言われても、それだけで無条件に自分の時間やお金を投入したいとは思えません。他にもっと生産性の高い学びの方法はないのか、そう考えてしまうからです。

時間もお金も有限かつ貴重なので、十分に報われると思えることに使いたい=お金や時間の生産性を最大限に高めたい。そう考えたとき、学びの場として今の学校の生産性はあまりにも低く見えます。

最大の理由は、個々人の理解レベルにまったく合わないペースで教えられているからでしょう。最低でも30人の生徒がいる教室では、一番よくわかっている子も一番わかっていない子も、自分の時間を有効活用できていません。

おそらく時間が有効活用できているのは、真ん中の10人ほどではないでしょうか。しかもその10人も、英語の授業時間は有効活用できているけれど、物理の授業ではまったく無駄に人生の時間を使っていたりするのです。

学校しか学ぶ場がなかった時代には、それでもみんな学校に行くしかありませんでした。Uberがない時代にはタクシーを使わざるをえないのと同じです。タクシーの価値は確実にゼロより上であり、とてもありがたいサービスです。でもUberが出てきて生産性の比較になったら、まったく太刀打ちできません。

これからは学校も、新たに現れるさまざまな学びの場と「学びの生産性」という観点から比較され始めます。そしてその生産性が低ければ、今と同じ形で残り続けることはできません。

学校というのはお金もかかりますが、なにより時間がかかることが大きな問題です。個人的な感覚では、大学が今4年間かけて教えていることは、生産性を上げれば1年くらいで教えられます。もしくは4年もかけるなら、今の4倍くらい価値あることが教えられるはずです。

そもそも何十年も前の、紙と鉛筆しかなかった時代に4年かけて教えていたことを、今でも4年かけて教えているなんて、あまりに進歩がなさすぎると思いませんか?もし4年分を1年で教えてもらえたら、時間だけでなく費用も1年分ですむのです。

現在の状態では、学校の生産性は私の期待値と比べて少なくとも4倍は低い。だから私はその存在意義に疑問をぶつけているのです。

 

 

 

越乃八海

日本が沈む。教員の子すら教師になりたがらない、教育現場の惨状

日本の教育改革は、なぜ失敗するのか?

いろいろな理由がありますが、一番大きいのは教員の仕事があまりにも多忙で、超過重労働によってブラック化しているからです。2017年度に、精神疾患になって休職した教員は5,077人にも上ります。

給料も下がり続けています。

以前は、親が教員である場合、その子どもも教師になることが多かったです。でも、今それも減っています。教員である親を見ていれば、子どもも「これは大変だ。自分はやめておこう」となりますよ。以前は教師である親が、わが子に「先生はいいぞ。やりがいがあって給料も高い。お前も先生になれ」と言っていました。でも、今は「やめとけ」と言います。

では、どうしたらいいのでしょうか?

絶対に必要なのは、教育予算を増やして教員を増やすことです。1人の先生が最大40人まで受け持つ(40人学級)などという状態は、先進国で唯一、日本だけです。ヨーロッパもアメリカも、先進各国はどこもかしこも30人以下です。しかも、複数担任制が常識化しています。1人の教員ではなく2人以上の教員が受け持つのです。

同じ空間に複数の大人がいるので、教員による暴言や体罰も防げます。セクシャルハラスメントや性犯罪も防げます。それぞれの子どものニーズに合わせた対応も可能になります。子どもの学力に応じた指導も、心のケアも、よりきめ細かくできるようになります。いじめの発見率も高まります。学力にしても、いじめの問題にしても、1人の教員が見る人数を減らさないことには、どうしようもありません。

教員を増やすためには、教育関係予算を増やす必要があります。ところが、日本の教育予算がGDPに占める割合は、常にOECD加盟国の中で最低です。

学力低下、いじめ、先生の不祥事など、教育現場における問題が発生すると日本中が大騒ぎします。そして、「学校も先生も、もっとしっかりしろ」ということになります。「教員はもっと力量をあげろ」とか、「もっと児童・生徒とコミュニケーションを取るべき」とか、「関係部署がもっと連携しなければ」とか、いろいろ出てきます。でも、全てが精神論です。だから、一向に教育改革が進まないのです。

どんな企業でも、特定の部署の業績を伸ばしたいと思ったら、そこの予算を増やして人員も増やします。当たり前のことです。それをやらずに、精神論だけで「もっとがんばれ」と言っているだけでは、決してよい結果は出せません。教育も同じことです。

 

 

直永亮明