親元収束は再閉塞を招く

そうなると、この現象はしばらくは間違い無くこのままさらに進行していきそうです。だとすると問題は社会現象としてこのまま親元収束が強まれば社会やこの親子達がどうなっていくのか、が問題になります。

容易に予測できるのは、彼らにとってはせめてもの安心を与えてくれる親子充足が第一価値になっているわけですから、就職の際にも地元企業しか選ばれなくなり、かつ当然転勤は拒否されるようになるでしょう。そうなれば企業はまともな人材配置ができなくなります。あるいは社会的な人材のアンバランスが起きます。これだけでも企業活力、経済活力は大きく衰弱し、市場はさらに収縮し国家財政の破綻をさらに進行させることになります。
それだけではありません。前記のフリーターのデータが示すように親元収束はフリーター化や引きこもりを助長していくという側面があります。現在よりさらにフリーターが増えれば、社会的にアルバイトが余ってくるわけですから、アルバイトの時給も下がっていくことでしょう。現在のところは、彼らは当面は親の資産や貯金を食いつぶしながら、生活を維持していくことになるでしょうが、いずれはそれも怪しくなり、消費を切り詰めざるをえないところまで行きつくでしょう。
それによって市場の収縮はさらに加速されていきます。そうなれば後の無い(国債発行も限界に達した)国家は財政再建の名目から所得減の中の増税を実行せざるを得なくなるので、さらに彼等の生活は苦しくなっていく・・・例えばそのような形で、再び最早行き場の無いどん詰まりの閉塞が強まっていくでしょう。
それだけではありません。親子充足が第一価値になれば、「家を出て行くくらいなら、もう結婚しなくてもいい(あるいはしんどければ離婚して家に帰って来い)」とい風潮さえ生まれてくることも予想されます。
そしてそこまでいけば、そもそも生殖(次代の子育て)制度としてあったはずの家庭制度は、最早本来の制度として体をなさない状態に陥ることを意味します。

いくつかのシナリオは考えられますが、この閉塞の結果の親元収束は再破綻を加速させていくのは必定です。皮肉なことに、このことは彼らの意識の中では、最も確かな拠り所としてすがったはずの「親元(親子)」が、私権制度の根幹である家庭の崩壊を加速させていく結果を呼ぶのです。
そのようにして破綻の坂道を転がり始めれば、親子収束にも社会的な批判の目が集まり始め、当人達も「ダメ人間、ダメ家族」として問題視されていくでしょう。目先に収束し続けた彼らはそこまで追い詰められることによってしか反転することがないのでしょうか。

北村浩司