共感の生命は、相手(=自分)の期待に応望することによって充足を得ること

「分かり合いたい」というのは共認動物である人類にとって普遍的な欠乏だし、「分かり合えて当然」という感覚が半顕在化してきたのは、「自分以外はすべて敵」という警戒心が融解して自然に生起してきた本源意識に立脚しているともいえる。

でもそれが、「分かってくれて当然」「分かって欲しい」という言葉に置き換わった途端、(自覚的であれ無自覚であれ)他者攻撃の自我回路にはまり込んでしまう。

そもそも、

>不全感を揚棄する為に、相手の課題=期待を自己のそれと重ね合わせ同一視することによって充足を得る回路こそ、共感回路の原点

であって、相手の期待を感じ取れなければ、分かり合うことなど出来ないもの。
自分発の思考から脱却しなければ、人間なら誰でも出来る「分かり合うこと」さえ出来なくなる。

刷り込まれた自己中思考から脱却するためには、実現論第一部『共認回路の真髄』の部分(実現論1_4_05)を、一言一句読み飛ばさず、何度も何度も丁寧に繰り返し音読すること。
そうすれば、その構造観念に導かれて、脳回路がその道筋どおりに作動し、少しずつ共認回路が定着してゆく。

西知子