「子供を叱れない親が増えたのは何で?」を補足

>①私権統合が衰弱した結果、(私権)規範が衰弱。結果、親(大人)は拠り所(=答え)を失い、叱る自信が無くなった。

>②私権衰弱により、社会は深層では共認原理に移行したが、結果マスコミ(学校)による共認支配が強まり、「個性第一」「人権第一」といった個人主義思想が刷り込まれた。
結果、親自身も叱るどころか「人それぞれ」→「自分のやりたいことは自分で探しなさい」と自己中化、無責任化した。(あるいは①の言い訳、誤魔化し)

>その結果、家庭は圧力不在の過保護空間と化し、子供達には何の圧力も働かず、自我肥大→集団・社会を対象化できず→学級崩壊や不登校等の秩序崩壊が進行。

「子供を叱れない親が増えたのはなんで?」のお題を補足する意味で、の投稿を見ると、家庭が圧力不在の過保護空間と化したのは、私権衰弱以前からその遠因があります。

>市場の拡大によって、闘争の場(職場)と生殖の場(家庭)が分断されてしまったが、これは実は、生物史上かつて無かった極めて異常な状態である。
 市場拡大によって職場と家庭が分断され、かつ家庭が絶対不可侵の聖域となったことによって、家庭には何の圧力も働かなくなり、その結果、家庭は子供を教育する資質をほぼ全面的に喪ってしまった。
 サラリーマン家庭が孕む教育不能という問題の深刻さは、当分の間は、まだ農家育ちの祖父母や両親が居たお陰で、顕在化してこなかった。
 しかし、農村から都市への大移動がほぼ終わった'70年以降、その致命的な欠陥が徐々に露呈され始め、とりわけ老人と共に農家時代の諸規範が家庭から消え去った'90年以降、若者たちの間に心の欠陥児が急増し、子供の精神破壊が恐ろしいスピードで進行中である。 (実現論)  

家庭という場にかかる圧力構造の変化を把握することで、より根本原因に肉薄することができます。この構造を組み込むと、

①市場の拡大によって、闘争の場(職場)と生殖の場(家庭)が分断され(=生物史上かつて無かった極めて異常な状態)、かつ家庭が絶対不可侵の聖域となったことによって、家庭には何の圧力も働かなくなり、その結果、家庭は子供を教育する資質をほぼ全面的に喪ってしまった。

私権統合が衰弱した結果、(私権)規範が衰弱。とりわけ老人と共に農家時代の諸規範が家庭から消え去った'90年以降、親(大人)は拠り所(=答え)を失い叱る自信が無くなり、教育不能の問題が顕在化。

私権衰弱により社会は深層では共認原理に移行したが、結果マスコミ(学校)による共認支配が強まり、「個性第一」「人権第一」といった個人主義思想が刷り込まれた。
結果、親自身も叱るどころか「人それぞれ」→「自分のやりたいことは自分で探しなさい」と自己中化、無責任化した。(あるいは①の言い訳、誤魔化し)

その結果、家庭は圧力不在の過保護空間と化し、子供達には何の圧力も働かず、自我肥大→集団・社会を対象化できず→学級崩壊や不登校等の秩序崩壊が進行。

というようになるでしょうか。

さらに、
>この状況を突破し、秩序を再生するには、私権に代わる新たな圧力=共認圧力が必要であり、そのためには「共認が原点」などの事実に基づく新認識が必要。

に加えて、闘争の場と生殖の場を包摂した集団の再生⇒共同体の再生or生産圧力のもとでの子育て(教育)、というもう一つの突破口も見えてきます。

衛藤信義