Re:高校はいらない

>自分の行動や発言に責任をもてるように<
子ども達を導いていくことは、大人達の大切な役割だと思います。

また、
>1回、社会に出て社会の荒波にもまれたほうがいい<
ということも、何がしかの役割を担っていくことで社会との直接的な関わりを自覚し獲得していく上で重要なことだと思います。

そこで、2点ほど確認したいことがあります。

ひとつは、若者のフリーター志向の上昇です。確かに、就職内定率が低いという経済状況を背景に考えればこの現象はやむなしとも取れますが、多くのフリーターは、「正社員になって酷使されるよりバイトのほうがマシ」「就職活動は面倒くさい。働くのはいつでもいい」というような学校時代のモラトリアム意識を引きずっているとでも言いましょうか、社会に出るに十分な年齢でありながらも、そこへ出ることに躊躇している印象を持ちます。

ここで思うのは、フリーター(アルバイト)として働いている彼等に、社会との関わり意識がどれ程あるのだろう、ということです。言われた仕事だけやっているのでは、到底このような意識は持てませんし、ずっとアルバイトでいるということは、どこか実態社会のもつ厳しさから逃げているようにも見えます。これは家庭(もしくは母親)というような、自分の我侭が許される温室にいつまでも居つづけたいという自分勝手な態度のように思います。

ふたつめは、自分の行動や発言に責任をもてるような意識を獲得するには、職場でなければ本当に無理なのか、ということです。私は、人が集団や社会との関わりの中で生きているという自覚を得るには先ず、幼少あるいは学童期の仲間同士の親和を通じた充足が基礎として必要ではないかと思っています。そういう意味では、高等教育の是非というよりも、子ども達の幼少期をどれだけ豊かにできるか、という点に問題意識の焦点があるように思います。



付け加えますが、私はなにも高校を擁護しているわけではありません。むしろ六・三・三という文部科学省方式の教育システムそのものを問い詰めてみたいと思っています。

島健