教育は皆で担う課題。

 まずは指導者側の問題点からですが、大きくは二点あります。一点目は教育の目的は社会性を身につけさせることにもかかわらず、指導者自身に社会性がないことです。これは日頃一部の保護者や同僚との接触以外は、ほとんどが子供とだけの接触で、特に教室という密室では「裸の王様」状態になりがちで、かつ目立つことさえしなければ、内部外部を問わずほとんどチェックが入らない無圧力状態であるためです。

 二点目は子供たちに創意工夫する力や追求力、前進力をつけてやることが必要であるにもかかわらず、指導者自身にそれらがない、またはそれらを発揮すれば出る杭は打たれるで、足を引っ張られることです。特に若い教師の中には子供の為を思い、色々工夫されている例は多く、○サイトで見られる現役教師の学級運営や生徒対応の具体的事例などは本当に感心させられます。しかしこれらが個人的蓄積に留まり、学年や学校全体の改善に繋がるように一般化されていかないのが問題です。

 では以上の問題点に対してどう対応すればいいのかですが、これらの責任はひとり学校側だけにあるのではなく、全てを学校に押し付けて無関心を装ってきた、保護者や地域の大人の責任を見逃すわけにはいきません。残念ながら我が子の参観に行っても、参加者は少ないし途中退席や私語も絶えない、ついには教壇に近づきビデオ撮影を始める親がいたり、まさに「学級崩壊」です。

 学校が万能の教育機関足り得ないのは明らかです。学校側も自らの限界を認め、保護者や地域社会に協力を求めています。今成すべきことは人任せでなく、教育という最重要課題を皆で担うことです。

足立晴彦