そんな個性ならいらない

ちょっとズレますが、「個性」ということばに引っ掛かりを感じました。
果たしてそんなものがあるのか?必要なのか?

「個性を伸ばす教育」とはよく聞くセリフですが、
教育の目的は、目の前のその子をどうするこうするというより
集団課題を担えるように必要な知識・技術・身体能力を身につけさせるということにあると思います。その能力には個人差があるにしても、子どもの側がやりたいからやるのでなく、期待があるからそれに応えるということであって、興味という点でいえば「みんなの期待は何だろう」に尽きると思うのですが。それを感じず、好き放題やられても意味ないです。また対象となる「みんな」っていうのは身の回りの人々だけでなく、社会に繋がっていないと。

「自分」を中心におくと、興味がなくなった時点で投げ出すのもアリでしょうね。
しかしそれでは戦力にならない。

実は、自分が「やりたいこと」も「興味があること」もすでにその答えは「みんな」の中にあるものだと思います。そしてそれを育むシステムが「学校制度」ということで、うまく機能していた時代はいいんでしょうが、学校と社会が分断してしまっている現状では、「なにが個性だ」って感じです。

松下直城