実現論を活用した学習

>学校で習う事は、ほんと末端枝葉の事ばかりで、実践には何の役にも立たない。つまり状況に応じての応用が効かない。
>どの分野にも共通する軸としての「実現論」っていう教科書的あり方って必要なんじゃないかって思います。

教育改革とまでは行かないまでも、既存の教育フレームの中で生徒達の活力を引き出し、教育を成功させている事例も少数ですがいくつかあります。
これらの取り組みにはいくつかのテーマが見られますが、その中の一つに次の投稿でご紹介する「社会問題の追及」が挙げられます。
これは学校によって多少の差はあれ、社会問題を追求し、生徒達自身が考え、答えを見つけてゆこうとするものです。

この教育活動が効果的な理由は、何より生徒達自身が社会問題解決への取り組みを通して「社会の問題を事実として認識すること」「考えること」「答えを出すこと」の具体的な内容とその重要性とを、身をもって知るということにあると思います。

ただ惜しむらくは、「答え」に至らないことでしょう。
(中高生の時分、「歴史を何故学ぶのか?」という問いに対して全ての先生が「生きる上での問題点を過去に学ぶ」と言いながら、誰一人として具体的にお話をして下さらなかった。社会の構造化など、一人の先生の手に負えるものではない筈です。)
それ故に多数派である欺瞞観念に囚われがちなのでしょう。折角子供達に芽生えた問題意識と活力の受け皿が、既存の環境運動や福祉ボランティアしか無いというのが残念で仕方が無かった。

これらのカリキュラムは、まさに森本さんがおっしゃる「実現論を教科書として活用する」のにふさわしいと思いますし、さらに学校を卒業してからも社会問題を継続して考える場を「社会統合・認識形成サイト」は提供できるように思います。

この様な活動と場によって、子供が少しでも社会問題の「答え」に近づけるのであれば教育成果はさらに高まるでしょうし、その結果が社会の改革にも繋がるのであれば、これこそ皆が望む教育の姿ではないかと思います。

小西康雄