本当の勉強とは統合理論を使った創造活動。

>その領域のどれをとっても例外なく適用できる統合理論、それが実現論であり、このグランドセオリーを皆で日々進化させていく場が、るいネットである。
実現論で提示されている概念装置(社会や人類を理解する上での基本的な概念)、例えば、収束と統合不全と解脱共認機能私権統合、同類闘争同類圧力etc、これらを理解するだけで、社会現象の見方も、議論の深度も、全く違ったものになります。そして、るいネットが体現しているように、どのような個別の問題(時事問題など)であっても、切り込んでいける武器になります。 (岩井さん32840

「グランドセオリー」・・・・初めて聞く言葉ですが、目の前が開けるというか、視界が拡がるというように非常に可能性を秘めた言葉であり、今までるいネットに接してきた多くの人たちが深く肯いてしまうような概念だと思います。
岩井さんが仰るように確かにるいネットで提起している概念装置は数えるほどしかないのにそれを獲得し深めていくことで、”以前とは格段に多面的な見方ができるようになる”という変化の不思議に多くの人は遭遇していると思います。
この多面的に物事が見れるという段階から個別問題を切り込んでいける武器にまで磨き上げるには人によって差があり、かなりのトレーニングが必要にはなりますが、実はこの過程こそ学習過程であり、武器を使っての活動は創造行為そのものであると思うのです。

>社会に関わっていく、現実社会を対象化していくためには、こうした統合理論を体得することが基礎的な教養として必要になってきますが、大学では教えてくれません。

岩井さんが言うように現在の学校教育では大学まで至ってもあらゆる追求の基礎である統合理論への必要性は説かれていません。その理由は阪本さん(32731)を始め最近の投稿群で明らかにされてきており、このまま時を待ってもおそらく国家や統合階級の側からは永遠に与えられないでしょう。
学校教育があくまで統合者(=国家)の為の戦略である以上、この新しい統合理論を中心とする教養課程は学校とは異なる私塾として展開するしかありません。
江戸時代、大衆が自ら教養を求めて寺子屋に集合した以上に現代、本物の知識と認識を求める大衆圧力は高まっていると思います。統合理論の為の塾は時代の要請であると同時に人間として本来の生きた創造の場が今までの学問に代わって台頭してくる時が来ていると思います。

>実現論出前授業、るいねっと出張ゼミをやるなら、このサイトの参加者も協力を惜しまないと思います。

まさに出番だと思います。


田野健