あらためて「学校的なるもの」について

現代の学校に対する批判はさておくとして、そもそも子どもの成長にとって、「学校」はいかなる意味を持つのか、学校に通うことに普遍的な意義はあるのか、という点について少し考えてみたいと思います。

(途上国において教育水準の向上が常に最大の課題になっているように、義務教育のない社会は一般に治安がよくないといわれます。このことからも、「教育」あるいは「学校」には、社会の秩序を維持していく上で、一定の重要な機能を持っているのではないかという推測はあります。)

現在、学校教育論は百家争鳴の感があります。例えば、学校教育は文科省の指導を排して、完全に自由化すべきであるとの意見や、古きよき道徳教育を復活させよといった論調など、実に様々な議論があります。しかし、「学校」という社会的組織そのものの、歴史的な成立と展開の事情を踏まえない議論は、近視眼的である印象を拭えません。


冒頭の問いは、社会において「学校的なるもの」は原理的に必要であるのか、と言い換えることもできるのですが、その前に、ここではまず、歴史構造的な視点から「学校的なるもの」の起源はどのように位置付けられるか、という点から書きます。

結論から言えば、「学校的なるもの」の起源は、おそらく、「成人儀礼通過儀礼)」にあるのではないかと考えています。

人類集団は、どの時代、どの地域においても、「成人儀礼」なるものを社会的に設定してきた歴史があります。かつて多くの共同体では、13~15歳の年齢時に設定され、数日から数ヶ月かけて、恐怖や痛みをともなうものであったり、集中訓練をともなうものであったりしますが、その一定期間をくぐりぬければ、「大人」の仲間入りをするという、共同体にとって非常に重要な儀礼とされてきました。

未熟な「子ども」から、共同体を担う「大人」へ脱皮するためには、一定の習得すべき事柄、自覚すべき事柄が存在し、それを学ばせる、目覚めさせることの必要性が、こうした儀礼を普遍化させてきたのでしょう。

時代が下って、近代社会というものは、前近代的な苦痛をともなうような儀礼を排し、大人になるのに必要な知識と作法を「理性的」に教える場として「学校」というものをつくったという仮説は成立するのではないか?と考えています。

つまり、「子ども」から「大人」への移行という社会的な意味を持つ「成人儀礼通過儀礼)」は、前近代の、皮膚を傷つけたり恐怖を体験させるといった痛みをともなう象徴的なものから、近代においては、「教育」という、温和ではあるが、期間が長くストレス性の高い組織的なシステムに取って代わった、といえるのではないでしょうか。

近代になって、「教育」というシステムが発明された結果、子どもたちは、だれもがそこで、人生の一時期、社会に保護されて、「大人」になるための学習をすることになります。さらに、社会が複雑になり、大人になるために習得すべき情報量も飛躍的に増大するなかで、学校生活というのがどんどん長くなり、十数年もの間を「教育」の場で生活することになっていきました。

こうして、成人儀礼が学校教育として制度化されることで、子どもと大人のはざまが膨れあがり、純粋な子ども(幼児)である期間より、移行過程の子どもか大人かよくわからない期間のほうが5倍も6倍も長くなるという転倒した事態が生まれたのではないでしょうか。

また、地域共同体が核家族に分断されていく中で、子どもたちと大人たちの距離は遠ざかり、子どもたちは、ひとつの閉じた空間のなかに囲い込まれるということになっていきますが、このようにして、子どもたちが直面するほとんど全ての問題が、「学校」と関係を持つような現在的状況がつくられていったのではないかと思います。

岩井裕介