義務教育は洗脳の手段だった

>与えられた認識に汚染されるばかり<
>タダでばらまかれることに大きな落とし穴が<

今日までどれだけ教育改革が叫ばれ、どれだけ鳴り物入りの「改革」がなされてきたことだろう。教育制度をくぐってきた体験の中、改善されたという実感はなかったし、今行われようとする改革も明るい見通しは持てない。

それは、結局、根本に義務教育があるからではないのだろうか。憲法により「無償」と規定された子供の教育は、社会的洗脳の始まりである。明治の近代国家建設期から、国家の、支配階級の教育支配が綿々と続いている現実。それは、一人の人間の幼い「認識」を形成する学校教育から始まっている。

学校は作りたい者が作り、行きたい者が選んで行く。人の集まりに応じて評価も淘汰も自ずからなされていく。これが真っ当な学校と教育のあり方ではないだろうか。社会的洗脳機構としての学校教育をみるとき、義務教育などもういらないと思う。


匿名希望