環境つくり

子供が、自分がやりたい事を見つけ、その為にやるべき事を考え、現時点でやれる事をする、その後押しをする事が教育ではないか。一緒に考えたり、助言したり。実行するのは本人で、当然本人の為である。

先生、言い換えれば大人のすべき事は、環境作りである。公共の場の、情報提供体制の充実等協力する姿勢を整える事。

どうしても学校や教科書と考えてしまうのは、自分がその中で育って来た為、拭いきれない既製概念がある為だと思う。
一度、教育機関(主に学校)が無くなり、そう言った状況の中で、教育を考えた時に必要に沿った教育機関の様なモノが生まれるのでは無いか。それは多様で、義務でも、無償でも無く、必要とされる為存在し、運営される。

そして大切なのは、そういったそれぞれの時間を過ごし育った人間を、評価出来、雇う事が出来る社会の体制である。勿論その時点で相応の能力を本人が身に付けている事が前提でもあるが。教育だけを考えず、いざ職に就く時の問題やその先、人が生まれてから死ぬまで、その間での社会との関係性を一貫して考えなくては解決しそうも無い。

妙な区切りを定めたり、強制的であるものは、最低限でありたい。人それぞれである。画一的な人間の量産では歪むばかりだ。

浦山清彦