現在の教育制度は査定制度

現代社会という教科が高校にあります。この教科は歴史とは切り離された教科で、端的には資源不足をテーマにして、生徒たちにリサイクル運動をしなさいというたぐいのものです。
 資源が不足した理由については、「先進国の経済発展によって」、また「発展途上国の工業化に伴い」などです。18世紀の産業革命から、現代の情報技術までを、陳列して、わずか数行の説明で納得させようとしています。そしてある程度納得してしまう。

 納得してしまうのは、(小~高)教育制度に脈々と流れるストーリーが、生徒たちの中に不可分になるほど入り込んでいるということの証でしょう。一寸の疑いもなく、上記の陳列が事実として強制されいるので、生徒としても受け入れるほかないということです。
 受け入れさせるシステムは単純で、テストと通知表です。

 もう学歴そのものはほとんど公証力を持っていませんが、学歴に変わる「資格」には学歴的なものが多く、社会認識に対して模範解答で書かないと不合格になってしまうものが多いのです。
 固定化された模範解答では現実問題に即応できるはずはなく、合格者といえども現場で初めて事実を知りえます。そして知るころにはかなり無関心になっているという悪循環です。
 社会認識無しで、技能を向上させ、それだけで機能するような生産現場(消費現場も同様)が増えると、社会全体が社会認識に対する無関心さを、判断基準とするようになり、認識の浅さは破壊の生産へと繋がっていくようです。