性教育の目的がずれている

性教育の目的はどうあるべきなのだろう?
いかに充足できる、活力の出る男女関係を築くか、というところが真に必要とされる性教育なのではないか?

現実は違う。
文部省は1999年に「学校における性教育の考え方、進め方」なるものを作成して各教育機関に丸投げ。学校における現行の性教育のテーマのほとんどは、性病予防や性差別の問題。これはこれで大切なことなのかもしれないが、恐らくそんなことは本質ではない。各家庭で行えるか、というとそれも末永さんの指摘通り個人や核家族では限界がある。

まず何が必要なのか?
やはり、「充足できて、活力の出る男女関係とは?」というところを皆が考え始めるところから始まるのだと思う。それを促すものとして、こういった認識形成の場はとても有用で、心強い。今すぐには無理だが、皆で考えてよりよい男女関係形成のために実践的な性教育(教育というより手ほどきみたいな感じ)が必要となれば、行われるようになるのだと思う。

村上靖佳