「先生」じゃない先生 「教科」を超えた教科

学校の授業は「先生」が教えていますが、たまーに課外授業などで、「先生」以外、例えば警察官や消防士や政治家、医者などいろんな職業の人が授業、というかお話をしてくれることがあります。 皆さん覚えていますか?きっと1度はあるでしょう。 この時、すごく新鮮だったのを僕は記憶しています。 なぜでしょうかね。 それは1つには「先生」という肩書きがないからだと思います。 そしてもう1つには「教科」の範囲を超えた授業だからです。 さてこの2つの要素について話させていただきます。 「先生」は「先生」として育てられてきたわけで、多少例外はあっても大抵は画一的な人材が育成されます。 しかし上に掲げた様々な職業の人は「先生」としては育てられていません。 ですが、人に教えることはできるのです。 同じ教えるでも、「先生」と大きく違うのは、マニュアルがないことです。ですから、「画一的な授業」にならないのです。 これが習う立場からしてみれば、新鮮さが持続し、聞く耳を持って話を聞くでしょう。好奇心を持って授業に臨むようになります。 つまり何が言いたいのかというと、 >様々な人が、推されて先生の役割を担うように変わっていくのが自然かもしれません。 < っていうのとかぶってしまうんだけど、全て非常勤講師が授業を担当すれば良いのです。 非常勤講師といっても、「先生」が本業の人は除きますよ。 普通に働いている人に授業に参加してもらうのです。 あるいは生徒でもいいんですよ、先生になるのは。 生徒が先生になってみて頑張って授業する。 「先生」しかしていない人はこのままいくと廃業間違い無しです、きっと。 じゃあ今の「先生」には何をしてもらいたいかというと、それが2つ目の要素で、いっぺん別の職業に転職してからまた戻ってきてもらいましょう、ということです。 どうしてそうさせるかというと、もうこれからの時代、「国語」を「国語」として、「算数」を「算数」として教えててはいけない時代だと思うんです。基礎教育とかいって5教科ばっかり教えるから、社会性のない子どもが育つんです。 「教科」を超えた授業を重ねていくことで自然と国語・算数・理科・社会・英語といった旧来の教科別の力を身につけさせることがこれからの授業のあり方だと僕は考えています。 キーワードは ①「先生」じゃない先生 ②「教科」を超えた教科

杉浦智也