現実に戦っている人が『先生』になるべき

「先生」ではない職業の人の話から学ぶことが多いというのは実感としてよくわかります。 なぜそのように感じるかは、そういう人たちが現実の対象に目を向けて戦っているのが明確に伝わってくるからではないでしょうか。 現在の「先生」達はそこが伝わってこないように思います。 なぜ伝わらないかというと、目を向けている対象が子供にせよ親にせよ教育委員会にせよ、「学校」という閉じた枠組みの中にあり、致命的なのは先生には殆ど競争圧力が働かず、教室の中では「お山の大将」あるいは「専制君主」になってしまうからではないでしょうか。 いくら子供に目を向けても、世の中に背を向けていては、あるいは自分が戦っていなければ、子供に何も伝えることはできません。 学校の外側にある世の中とのつながりが見えないから、子供は「先生」から学び得るものが少ないのだと思います。 では、どうすればいいのでしょうか。 簡潔に言えば、現実に戦っている人が先生になるべきなのだと思います。子供が何かを学びうる対象というのは現実に戦っている人なのです。現実を生きるために必要な認識を築こうとしている人と言えるかもしれません。 直接的に知識・技術を伝えるだけではなく、戦う姿勢を通じて伝えることこそが教育における大切なものです。「子は親の背中を見て育つ」というやつでしょうか。 新しい認識を積み上げ現実を生きる(当事者たる)姿を伝えることが現在最も必要なことだと思います。

西村秀彦