人々は現実に使える認識を求めている

9月3日の朝日新聞夕刊に次のような記事がありました。
>大学生がクラブやサークルに見向きもしない・・・こんな傾向に歯止めをかけようと、学生活動の「てこ入れ」に知恵を絞る大学が増えている。学生がキャンパスに頻繁に足を運ぶようにと学生会館を新設したり、(サークル活動で)優秀な成績を収めた団体や個人に奨励金を用意したり。いたれりつくせりの策に、学生たちが「本分」を取り戻すのかどうか。

一方で、在学中に資格取得の勉強をする学生が増えています。サークル離れは代償充足の衰退の表れであり、資格取得は認識収束の表れです。大学の授業よりは実社会で使えそうな認識を求めて資格取得をしているのです。これらは「私権不全⇒代償充足」「私権統合の崩壊⇒代償充足の衰退」「社会不全⇒認識収束」という概念装置で簡単に説明できます。

そうすれば大学が打ち出すべき経営戦略も、衰退していくサークルへの奨励金などではなく、現実で使える認識形成の場づくりという方針に直結します。「収束と統合」「不全と解脱」「私権統合」という概念装置は、簡単に現実を切開し、実践方針まで直結する、現実に使える認識なのです。
学生も勉強が嫌いなのではありません。現実に使える認識を求めているのだと思います。他にないから弁護士資格や英検資格に向かっているだけです。認識形成サイトが既存資格よりもはるかに深く、広範に使える認識であることがわかれば、この場に収束してくるはずです。その鍵となる認識の必要性(有効性)の共認形成は、私たちの認識営業にかかっているのだと思います。

冨田彰男