学歴も身分制度の一種だから

>受験制度の弊害は、既に何十年も前から言われている。それにも関わらず、まして少子化時代の現代もなお、このシステムが機能しているのは何故なのか?必要か否か?そのことをもう少し突き詰める必要があるのではないかと思う。

私の周りではすでに、親も先生も子供同士も、勉強の中に全ての現実があるわけではないことも知っていたし、学歴に過度な幻想や理想は持っていなかったと思います。
でも、「勉強なんか」と否定しませんでした。それって、単なる現実否定でしかないって分かってたからだと思います。

頭の中でお金という現実を否定してボランティアするのも、頭の中で学歴(身分制度)という現実を否定して不登校になるのも、同じ構造だと思うんです。自分たちが否定する市場や国家(身分制度)の恩恵を受けて、自分たちの主張を通しているに過ぎない。

>国家の主柱を成す力の序列⇒身分制度が表面上は無くなっても、他に代わるものがないので、これまで社会を統合してきた国家機関を、人々が仕方なく統合機関として共認することによって、統合機関としての面目を保ち、今も社会を統合しているに過ぎない。(32086

結局、役に立たないと分かっていても、他に代わるものがない限り、普通の人は、その中でとりあえずそれなりに充足しているのが現状なんだと思います。(参考:19273全てのネックは「答えを出せない」という一点にある)

そして、新しい評価制度を考えようとすれば、29835『超国家・超市場論3 置かれた環境を貫く 闘争圧力を把握せよ』が不可欠になると思いますが、それを考えるための概念装置が無いので考えられないんだと思います。

西知子