当事者になるための勉強

「こんなこと勉強して、いったいなんの役に立つのだろう?」
学生時代、そんな思いでいっぱいだった。そんなものより、もっと将来に役立つ勉強がしたい。そう思っていた。

今思い返してみると、既にそのころから潜在的であるかもしれないが「認識収束」の萌芽が見られていたのかもしれない。周りを見渡してもそうだった。いつでも会うと「何かおもろいことあった?」それが合言葉だった。当事者になりたかったんだと思う。でも、ただ面白いことを追い求めておきながら、自分自身何の努力、勉強もしていなかったのも事実。単に、そこで留まっていた。社会不全をただ傍観していた。

40914 岡田淳三郎さん
>新しい認識を巡る期待と応望の信頼関係であれば、互いに自ずと『認識の必要』を共感し、認識課題を共有した認識仲間となる

新たな時代に突入したことを実感します。みんなの「新しい認識」への期待が高まっている中、それに応望すべく、認識を紡いでいくことこそが、「認識仲間」を広げていく第一歩になる。認識を紡いでいく為の「勉強」の必要性は明らか。あの時できなかった、「勉強」を今ここでしているんだと実感しています。当事者になるために。

ゲン