可能性を見出すための「勉強の必要」ならプラス化できる

 「勉強しよう!」ストレートでいいですね。
 しかし普通の人は、“なんらかの勉強”の必要には表面上共感してくれても、私権社会での経験上は“勉強は苦しい嫌なもの”“現実には役に立たないもの”と擦り込まれているので、半端な気付きではなかなか行動には移せないようです。

 これに対して、こんな感じで『観念パラダイムの逆転』を紹介すると「不全発から可能性発へ」の転換の一丁上がりです。

「ほんま世の中、見通し暗いですなぁ!!」「そやなぁ!新しい可能性を見つけるためにも、古い頭を切り替えて、勉強し直しまへんか?」「えっ!?」「るいネットちゅうとこでは、悪いとか暗いとか言われてる状況の中から、意外と新しい可能性の芽が見えてきてるちゅうオモロイ話が出てまっせ!」「ほんまでっか?」

 世間話で社会不全の溜息が出たら、新しい認識を紡ぐ(仲間を増やす)チャンスです。
 世の中これだけ不全だらけだと、この八方塞の中で可能性(オモロイこと)を見出すには、新しい頭(認識・視点・概念装置)がいる⇒「勉強の必要」に誰でもストレートに繋がりそうです。

平野令