教育をネット化する。類塾ネットの可能性

 年末のなんでや劇場で扱われた「類塾ネットの可能性」非常におもしろい課題だと思い、これからの学校教育のあり方についてとても興味を持っています。

>そこでは仲間との共認充足だけでなく、塾講師を通して親や学校とは違う社会の断片を感じれる事を期待している。まさに社会空間の役割を求めているのだ。

仲間との共感・共認充足を超えて、社会的役割充足へと可能性収束する子供たちに対して、どのような可能性と課題を提示できるのか?これからの「教育」は「学校」という社会から隔離された無圧力の空間ではなく、社会に開かれた仲間や社会全体の意識のまっただ中でこそ形成されていくべきなのかもしれませんね。

「学校に行くのなんで?」「勉強ってなんでしなくちゃいけないの?」
僕ら自身もそれぞれに疑問を抱きながら、やらなきゃいけないからしょうがなく・・・受験や就職を個人課題として乗り切って来ましたが、今や子供達は仲間からの期待やそれを超えた社会的期待・意味を獲得できなければ、一歩も前へ進めない時代へ突入しているのかもしれません。

■就職も個人課題ではなく仲間の圧力で

 現在、同じ個人課題でも「就職」の場面では、教育よりも先に個人からみんなへ・・・可能性収束先は変わりつつあるようです。
みんなの就職活動日記」というサイトでは受験者同士、筆記試験のコツや面接情報の教えあい、就職した先輩等からのアドバイスや企業の情報交換などがサイトを通して行われており、50万人の学生が登録しているようです。(リンク)サイト内では学生同士がこの企業を志望する理由や、将来一緒に働く仲間との交流を通し、「いっしょにがんばっていこう!」という仲間の形成と課題共有の様子が見て取れます。(学生主体の投稿サイトのため、仲間での共感充足どまりで、社会的役割や可能性収束・・・というところまでいけてる板は少なそうですが・・・)

 受験勉強においても、学校選びの時こんな場があったらな~と今更ながらに思います。実際同時代の仲間達がどんな意識で受験勉強に取り組み同じ高校をめざしているのか?知りたい子供はたくさんいるはず。子供だけでなく多くの教育関係者にとっても、そんな子供達の意識が集積できればそれはかなりの価値を持つはずです。その中からサイト内で勉強の必要性を共認し、一緒に○○高校に受かろう!というような課題が共有できれば、そこから得意な分野の教えあいやわかりやすい勉強の仕方などの、各勉強課題の共有もできるのではないか・・・と教育の場面でのネットの可能性を感じています。

東努