“いじめをなくそう”ではなく“いじめに代る課題を”

福岡の「いじめ自殺問題」を契機に、“いじめ”がまたクローズアップされている。相変わらず大人たちからは“いじめをなくそう”という発想しか出てこない。私権意識(他者不信や敵視)を前提とした大人たちの価値観からは、これが限界なのかもしれない。

しかし、脱私権・仲間収束という現実に立てばまったく異なる答えが見えてくる。つまり仲間で共有できる課題が必要なのだ、ということが・・・

問題解決の糸口は“いじめをなくそう”というスローガンではなく、“いじめに変わる課題”をいかに提示できるか、にある。

阿部和雄