学校では強制圧力の詰め込み教育、それで子供が潰れるなら“行かなくても良い”選択肢も有るのではないか?-①/2

学校では強制圧力の詰め込み教育、それで子供が潰れるなら“行かなくても良い”選択肢も有るのではないか?-①/2
学校は、強制圧力の詰め込み教育が正常と思い込んでいる。大人はそれで良いと思い込んでいるが、しかし詰め込み圧力の中で子供は潰れていく。
学校と云う強制圧力からの脱出も子供の生きる選択肢として有るのではないか?
その生き方記事を紹介する。
かくいう私も青二才でね
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(引用開始)
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なぜ学校に行くのか?〜「学校に行かない」選択について考えてみる〜
まず、これをやるきっかけとなったのは「いじめ問題報道」の中で「学校に行かなくてもいい」といった人達がいた事。西原理恵子さんみたいに学校の外の世界から大成した人が言うケースもあれば、静岡のさる役人のトップのようにエリート様が「いじめられてるんだったら仕方ないんじゃないの?」と理解を示しているに過ぎないケースと様々だが、僕も「学校なんぞ行かなくてもいい」論者だ。
だいたい、学校に何をしに行ってるか…そして、日本で働いていくときに何が必要か…というお話が学校に行く・いかない以前になされていないのは変だと思うのです。(海外行く奴は学校やめた時点でそっちに行けばいいじゃない!)
「学校に行かない人」が学校で身につかないものは何なのか?学校に行って失うものはなんなのか?を理解しておけば、本当に学校に行かない人が何をすれば、後々世の中でやっていけるのかがわかると思うんですよ。
だれかが「人間は社会的な動物です」って言ったそうです。
簡単に言うと「社会性を育てる」とか「動物(気分・本能の赴くまま)から人間(規律や教養で物事を判断することができる連中)へ」と言うのが、学校に行く根本的な理由だと思います。
大人になったら、時間刻みで動く・目上の人を敬う・規則を守る…など「単に仕事ができる」ではいけない部分がある。それを学校で補完しようとする考え方が1つ。
学校で読み書き他、あらゆる勉学を行うのはそれらが仕事の基礎になるから…という理由が1つ。「課題に打ち込む・課題を解決することで実力を養うため」というのが1つ。
どちらかというと、学校というのは西洋なら近代化(産業革命)の際に「労働者」という階級を作るために必要な施設であった。(※大学だけちょっと事情が異なるけど)
日本の場合は…「富国」もあるけど、「強兵」のために必要だった。(寺子屋と明治以降の「学校」の大きな違いは学校の方が「規律を守らせる側面が強い」。どちらかというと寺子屋は「教養を付ける」側面の方が強い。その理由については後半で。)
日本はあらゆるインフラが軍事化のために作られた国だから、学校という場所がやたらと規律正しく、平均水準の向上、異端児の排除…という構造になってる。軍事的目的でできたもの?一番身近なものは郵便局だね。あれが山奥まであるのは「兵隊を集めるため」の役割があったから、現代の人からしたら「なんて不採算なところに…」という場所にでも郵便局がある。(詳しくは拙作「なぜ日本中に駅と郵便局があるのか‐明治政府の国家戦略論‐ - とある青二才の斜方前進 」でご覧ください。)
明治時点での教育における目的は東西共に同じ。「産業革命」もしくは「近代的軍事化」によって大きな組織に順応した労働環境が必要となっていた。その環境を整えるために必要な存在が「規律」…教育に関する分野で言えば「決まり・空気を遵守する精神」となってくる。
三ケタ以上の人間が同じ動きをするためには一定の規律を守る意識・礼儀がないと全体が乱れるのです。トップが下に向けて命令や計画を出すときに文字が読めてもらわないと困るし、時間・規律に対して敏感な体質、周囲の空気に順応しようとする体質でないと困るのです。「自分は自分」の個人主義を取り除いておかないと大きな組織で仕事をさせられないのです。
実体験をいえば、中小企業なら酒乱のやつ・遅刻してくる奴・体力がない老人・運転ができない・販売力がない・借金があって毎日仕事したい奴・経営に悪影響な人物を早く辞めさせないといけない奴…などに対して社長などのトップが「裁量」を利かせて大目に見ながら使っていくことができます。しかし、大企業なら5分の遅刻で30分の減俸(または説教)にしなければ、他に働いている人への示しが付きません。
断言するのもアレですが、近代とは規格化の時代なんです。「少数精鋭ではなく如何に数の分厚さ…規模の経済を効率的に機能させるか」という事に重きが置かれたため、教育は「時間・規則・団体行動」という事が重視されたのです。
西洋だと子どもを厳しくしつける風習が強いため、学校と家庭のギャップは少ないのですが…日本の場合は両極端なんです。親がとことん変人に振舞うかと思えば、外では外の顔…と言うものを身につける。子どもは家庭の調子で変人をやると学校では弾き出される。
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(引用終了)②/2に続く



松本幸二