■教師いらずのICT教育?~教師の21世紀的役割は、ファシリテイター~

シンガポールでの最新教育はICT教育。そこでは先生の役割は“知を授け与える存在”から「ファシリテイター」へと変化している。
以下「「未来の学校」と子どもの未来:シンガポール発・ICT教育の最前線」より引用です。
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■教師いらずのICT教育?
HOLAの例でも顕著だが、ICT教育で最も特徴的なのは、生徒が責任と自主性をもち、独立独歩、自分の学習を進めていく点だ。
読者のみなさんも含め、現在20歳代以上の世代に最もなじみのある従来のクラスルームでは、教師が言わば“知の番人”であった。科学であれば重力の不思議、数学であれば関数の不思議を解くカギを握っているのはすべて教壇に立つ教師だったのである。
そしてその教師から分け与えられるものを知識として吸収していくというのが基本だった。つまり知識のヴェクトルは、教師→生徒の単純一方向であり、その逆はありえなかった。
しかし、シンガポールのフューチャースクールが実践するICT教育では、各個人が、所有するモバイル端末をインターネット上に広がる無限の知にアクセスするツールとして駆使、各々の学問的関心に従って、学校=先生の枠を飛び越えた先のリソースをたどり、独自の学習を追究することができる。
つまりこの時点で教師はすでに“知を授け与える存在”ではない。子どもたちが正しい方法で、正しい情報ソースにたどり着き、正しい解決を導くプロセスを見守る“ガイド役”へとその役目が変化しているのだ。この教師が新たに司ることとなった21世紀的役割を「ファシリテイター(Facilitator)」と呼んでいるが、文字通り、生徒の自立した学習スタイルをファシリテイト(=促進)する存在なのである。
前述のシンガポール教育省も、「21世紀型スキルとして、ICTを活用したコミュニケーションやプレゼンテーションはもちろん、独自にリサーチし、インターネットで得た情報のソースが信頼に足るものであるかを判断する能力もまた次世代に求められるスキルのひとつ」と明言し、フューチャースクールの試みと軌を一にしている。
ということは、究極的には「クラスルームに教師は必要ない!」なんていうことになりかねないのではないか。その問いに対し、今回取材した教職員、生徒は異口同音に「No!」と答える。
NASSで学ぶ16歳、ホン・ウィーも、「インターネットでリサーチを続けていけば、ある程度の情報を自分で集めることはできます。Wikipediaとかはいつも役立って便利だし。でも、情報が正しいか、自分では判断するのが難しかったり、行き詰まってしまったときには、先生が“バックアップ”の役割をしてくれてとても助かります」と教師の変わらぬ必要性を擁護(!?)していた。



匿名希望