アクティブラーニングに逆行する学校現場

そもそも学校は軍隊をモデルにつくられた強制機関であることを考えれば、アクティブラーニングに逆行するのも必然であるが、民主主義という観念にのみ収束し、実は勝つため(人の役に立つため)のチームづくりを全く真剣に考えてこなかった、欺瞞的な戦後民主主義教育も、学校現場を戦前回帰させている、もうひとつの主犯ではないかと思う。
リンク より引用
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"立ち止まって1、2、3のリズムで45度おじぎ"を徹底させ、角度が足りないと頭を押し下げる。
運動会で種目に勝ったときには万歳を2回する。手のひらが前に向いていると「降参です。参りました」の意味となるので、手のひらは内側に向け、腕も指先もしっかりと伸ばすように指導。
いずれも、文京区内のある小学校で実際に行われた指導です。
学校側の理由は、
学校は集団が一つの単位となってまとまって行動するケースが多いため、まずは、子どもがそれぞれの場にふさわしい集団行動を知るようにモデルを示し動きの目標を定め、集団行動が安全にかつ秩序を保ち、能率的に行われるようにするため。
だそうです。
文部科学省が掲げるアクティブラーニング「主体的・対話的で深い学び」の実現では、運動会等の行事や学級活動などの特別活動において持つべき視点として次のように掲げられています。
リンク
①「主体的な学び」の視点
特別活動においては、学級や学校の実際の集団生活の中から課題を見いだすことに特質がある。集団生活をよりよくしていくためには何に取り組んだらよいのかということを主体的に見いだしたり、活動を振り返り、よい点や改善点を見付け出すことによって、新たな課題の発見、設定をすることが可能となり、それが次なる動機となったりする。
こうした課題の設定や振り返りといった学習過程を意識して、そこで育成を目指す資質・能力を明確にすることが求められる。
②「対話的な学び」の視点
特別活動は多様な他者との集団活動を基本とし、これまでも「話合い」を全ての活動の中で重視してきた。集団活動を行う上で合意形成を図ったり、意思決定をしたりする中で、他者の意見に触れ、自分の考えを広げたり、課題について多面的・多角的に考えたりすることが可能となる。
また、異年齢の子供や障害のある児童生徒等多様な他者と対話しながら協働すること、地域の人との交流の中で考えを広めたり自己肯定感を高めたりすること、自然体験活動を通じて自然と向き合い日頃得られない気付きを得ること、キャリア形成に関する自分自身の意思決定の過程において他の児童生徒や教員等との対話を通じて考えを深めることなども重要である。
③「深い学び」の視点
特別活動が重視している「実践」を、単に行動の場面と狭く捉えるのではなく、課題の設定から振り返りまでの一連の過程を「実践」と捉え、一連のプロセスの中で、「見方・考え方」を働かせ育成を目指す資質・能力は何なのかということを明確にした上で、意図的・計画的に指導に当たることが求められる。
文科省は、「あらかじめ望ましい集団があることが学習の前提となっている集団」を形成する学校教育の在り様には、強い警戒感を示しています。
冒頭で紹介した学校が言う「モデルを示し」というのは、まさにこの「あらかじめ望ましい集団があることが学習の前提となっている集団」と言えます。
(中略)
もしかすると、子どもたちに向き合う先生たち自身が、意見をしっかりと汲み取ってもらえる経験をしてこなかったことや、学級経営でいっぱいいっぱいになってしまっても、一人で抱えこまざるを得ず、学校がチームとなって子ども達一人ひとりを応援する体制になっていないこと、などが影響しているようにも感じます。
教員は、同僚の教員に対して意見等を言いにくいことがあり、言いたいことが言えない雰囲気が、ストレスの原因になっていることもある。
また、自分たちの指導等にあまり干渉されたくないという気持ちがあり、職場における人間関係が持ちにくい場合がある。職場での良好な人間関係が十分に形成されず、対人関係上のストレスがある場合には、職場において孤立するようになり、職場における業務やコミュニケーションについて、うまく対応できない状況が生まれやすい。
学校には、自分のクラスのことは自分で対応したいとの思いから、教員同士がそれぞれの担当業務に関わりを持ちにくい風土がある。




山澤貴志