遺伝的見地からみた近代教育の異常性と突破口

行動遺伝学・教育心理学の研究者である安藤寿康氏が近著「日本人の9割が知らない遺伝の真実」(2016年・SBクリエイティブ)の中で、近代教育の異常さと突破口を提示しています。以下、その一部を紹介します。
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 IQは70%以上、学力は50~60%くらいの遺伝率があります。生まれた時点で配られた、子ども自身にはどうすることもできない手札によって、それだけの差が付いているわけです。残りは環境ということになるわけですが、学力の場合、さらに20~30%程度、共有環境の影響が見られます。そして、共有環境というのは家族メンバーを似させるように働く環境のことですから、大部分は家庭、特に親の提供する物質的・人的資源によって構成されていると考えられます。親が与える家庭環境も子どもはどうすることもできません。
 つまり、学力の70~90%は、子ども自身にはどうしようもないところで決定されてしまっているのです。
 にもかかわらず、学校は子ども自身に向かって「頑張りなさい」というメッセージを発信し、個人の力で何とかして学力を上げることが強いられているのです。
(中略)
狩猟採集社会から近代学校制度が始まってしばらく経つまで(中学までの義務教育が終わると多くの子どもが社会に出ていた時代まで)の、人類史の99%以上を占める長さの中の子どもの生育条件を、現代社会と比較したとき、明らかに異なる生物学的に不自然な特質が三点あることを指摘しないわけにはいきません。
 第一に、ヒト特有の長い子ども期に特徴的な異年齢集団が、学年制によって崩壊したこと。
第二に、生物学的に成人と同じ条件に達した思春期の人たちが、本来直面する大人社会への適応という課題が、社会の不透明化のために、成立しにくくなっているということ、そして第三にヒト特有の長い老年期にいる人たちが子どもとの間で成立させていた養育と教育の機会が奪われていること、この三点です。
(中略)
結局のところ、生徒に「本物の知識を学ばせる」、「本物に会わせる」ということに尽きるのでしょう。
 テストでよい点を取る、いい学校に入るために勉強する、生徒がそう考えた途端、勉強はニセモノになってしまいます。
 自分の中にある「好き」や「得意」を活かして、社会で活躍している大人は本物です。そういう形で先生になっていれば、それは本物であるといえるでしょう。しかし本物の大人がいるのは、主に実社会です。それが「プロ」です。そういう大人になるためには、どうすればいいのか、どんな知識が必要になってくるのか。それを知ることが必要なのではないか。
 プロの現場を見るために学校をサボっても、いいのではないか。怠けるのではなく、学びたいことがある生徒なら、そういうサボりを許容する緩さが教育環境にあってもよいと私は思います。
(中略)
学生は、ともすればメディアでも知られる有名人に会いに行こうとします。もちろんそれはそれで貴重な経験です。しかし本当にしてほしいのは、もっと身近にいる、もっと普通の人が放つ魅力に気づき、それが何かを知ることです。
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竹村誠一