現役教諭「子供に『勉強しろ!』 と言うのは危ない」(2)

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現役教諭「子供に『勉強しろ!』 と言うのは危ない」(2)
【つづき】
【3.「勉強しろ」が良薬になる場合もある】
「勉強しろ」の言葉で十分に効果が出る場合があります。
それは、子どもが心から尊敬している人や、自分が進んで習っている人が言う場合です。
例えば、子どもが憧れているサッカー選手に「サッカーには学校の勉強も大切。一生懸命勉強しなさい」と言われたら、やる気が一気に出ることは十分にあり得ます。
子どもの通う塾の講師や地域クラブのコーチなどは、ここが強みです。「志望校合格」や「勝利」という揺るがない共通の目標があるため、「勉強しろ」「練習をがんばれ」の言葉に必然性と説得力があります。
学校の先生を尊敬している場合は話が早く、普段から勉強する子どもになります。学校の先生で「勉強をしなくていい」ということは、通常ほとんどないからです。
賢い親は、子どもの前で先生やコーチを褒めたりするのがとても上手いのです。(これを「陰口」の反対で「陰褒め」といいます)特に幼い子どもは親の認めたものを無条件に信じるため、効果抜群です。そして怖いことに、マイナスの効果も抜群です。無条件に大人を蔑むようにもできます。
「勉強しなさい」と我が子にいわない賢い親は、もしかしたらこの陰褒めというカラクリを知っているのかもしれません。子供自らが勉強をしようかな、と自然に思うように上手に導いているのです。
賢い親は「子供が勉強する方法」を勉強する
とはいえ夏休みは、どうしても生活習慣が乱れてしまいがちで、つい「勉強しろ」が口に出てしまいます。
そもそも夏休みに勉強する意味は何でしょう? 夏休みは、本来「休み」です。学校を離れ、普段できない体験をする機会です。それでも親として「勉強しろ」と言いたくなるのは、一体なぜなのでしょう。
最近は昔に比べ、夏休みの宿題は少ない傾向にあります。学校の側としては、習い事や社会体育等の活性化、夏休みの塾通いなど子どもの「多忙化」に配慮してのことです。しかし「我が子の夏休みの宿題が少ない」ということに不安や不満を感じる親は結構います。
あれほど自分が苦しんだにも関わらず、です。いや、逆に、自分が苦しんだからこそ、我が子もこの苦しみを味わって成長するのだという考えもあるかもしれません。一理あります。
そこで「勉強しろ」が出る訳ですが、要は不安だからです。不安は、余裕から生まれます。余裕しゃくしゃくでクーラーの効いた部屋でアイスを食べながらゲームをする姿に、「これで大丈夫だろうか」という気持ちが湧くのは無理もありません。
しかし、普段の学業成績が普通程度であれば、本来は特別な勉強の必要はないのです。普段できないことをやる「チャンス」として、自由研究なり何かやればいいのです。学校が始まれば、否応なしにまた毎日勉強することになります。
学業に大幅な遅れが見られる場合、挽回の「チャンス」として特別に勉強することはあり得ますが、次回原稿で詳しく説明する通り、この場合「親も一緒に」が前提で、かなりのハイコスト(手間隙)を覚悟する必要があります。
要は「勉強しろ」と言いたくなったら、親である自分自身への言葉だということです。
賢い親なら、「勉強しろ」と言わないで子どもが勉強するようになる方法を「勉強する」ことでしょう。
どうしても「勉強しろ」と声を上げたくなる場面はあります。次回原稿では、「勉強しろ」というのが口癖になっている親側の心理や生活習慣を分析してまいります。その上で、子供が勉強に取り組みやすくなる具体的な方法をお伝えしたいと思います。
子どもの姿は、自分自身の鏡。
子どもからも学ぶ姿勢を持って、夏休みは我が子と一緒に楽しく学びたいものです




今井勝行