時代遅れの就活・筆記試験

就職活動に邁進する大学生。
就職活動のための大学生活といってもいいほど、日本のシステムは固定的だ。
リンクより引用。
●就活にはふしぎがいっぱいある
そもそも(就職する側にとっての)就活の意義とはなんぞや? ということでもあるけれど、最近とくにふしぎだなあと思ったのは、筆記試験について。
ちいさな会社であれば設けていないところもあるけれど、大手にはほぼ必ずある。時事問題ならともかく、SPI試験というやつは特に、国語や数学なんかを見る。大勢いる学生をふるい落とす必要があるのはわかるけれど、そういう、実際の社会で使うことの少ないもので測るのは、逆にもったいなくない? という気がした。
●学校の勉強は中途半端で、けっきょく使いものにならない
という話があるけど(学校でちょっとかじったくらいでは忘れてしまったりするし、応用もできないし、かといって仕事などで本格的に数学や英語を用いるようになるのなら、あんな初歩中の初歩の内容をわざわざ暗記しておく意味はないというやつ) 、ふるい落とすにせよ、こんなもので測る必要がどこにあるんだろう。
●国語や数学より測ったほうがいいもの
便宜上、マークシート形式でないといけないとしても、別に国語や数学でなくたっていいし。「漢字がわからないので調べて書く」ということが、伝統的ななにかとか、日本人の恥とか、そういうなにかしらで問題だと感じるひとがいたところで、これは会社の実務になにか影響があるのかというと、そうでもないと思う(もし国語教師になるというなら話は別)。
「数学がわからないので電卓を叩く」ということが、どんなふうに悪影響をおよぼすんだろう。仕事で英語を用いることのない会社に入るために、英語を勉強する必要がどこにあるんだろう。
努力できるかどうかを見ることができるのかもしれないけど、わたしならそんな無駄な努力ならしたくないなあと思うし。どちらかといえば、マナーやエチケットを問題にするほうが、よっぽどいい気がする。取引先とのメールや電話の例文を書かせる、とかなあ。このご時世なら、タイピングの速さとか。
お礼の方法、謝罪の方法、お願いの方法、クレームに対応する方法、そういうもののほうがきっと必要になるし、そういうものを知らない人間のほうが、実務に影響をおよぼすと思う。
●学校が子どもに対して殺してきたものを求める
就職して働くというとき(専門的な職ではなく、一般的なサラリーマンやOLになるとき)、あちこちの会社が「個性」とか「発想力」「生み出す力」とか言って、学校がさんざ子どもに対して殺してきたものを求めている。
ふしぎなことっていうのは、正しいようなふりをしているわりに筋が通っていないことだ。
個性や発想力、オリジナルを求める一方で、みんなが知っていること、みんなが習ってきたこと、知識ならともかく暗記したものを求めているとか、そういうこと。
引用終了
現代を生きる上では、「教科書の知識の暗記量」では無能を世に生み出していくだけ。それよりも、事実現象に対して「なんで?どうする?」を追求できる力、相手の立場にたって物事を考えられる力こそが、社会で求められる力になるのだろう。



小林健