【学校で行なわれている教育は、支配階級に歯向かわなくするための洗脳教育である】

先日、仲間と「固定観念とその突破方針」について話し合いました。その中での気付きを紹介します。
○「固定観念=常識」の形成とその原因
・知識階級(学者・医者・マスコミ等)の言葉を鵜呑みにする。
→学歴信仰+思考停止
・各自の成功体験(迎合や闘争忌避等、マイナスの成功体験も含む)
・自分にとって都合の良い(主に損得)ものを正しいと思い込む
個人主義=自分第一
・各自を取り巻く(仕事、家庭)環境化における常識を鵜呑みにする。
・一般的(社会)に常識と思われているものを鵜呑みにする。
→同一性重視+思考停止
○「固定観念=常識」の発生源は学校教育
上記の原因の全ては、学校教育で押し付けられたもの
・(私権獲得→)学歴信仰
・近代思想(個人主義
・暗記脳→思考停止(思考軸・根拠無し)
・同一性重視
が学校教育によって刷り込まれ続けてきた。
これらの刷り込みの影響は
学校教育の刷り込みで、暗記脳→思考停止状態になった国民は、自分以外の思考軸を持たないため、学歴信仰によって、必然的に知識階級(学者・医者・マスコミ等)の垂れ流す情報(→常識)もしくは、その情報を鵜呑みにした大衆の常識等に収束していく。
また、外圧(人々の意識)が変化しているにも拘わらず、思考停止状態にあるため、その情報=常識に不全を感じることも無く、感じたとしても答えが出せないので、固定化してゆく。(固定観念化)。
そして、固定化された常識(固定観念)が思考軸となり、それを守る・実践する自分は絶対正しいという意識に陥っていく。
(絶対不可侵の)常識を破る人に対しては、自分が絶対正しいと思い込んでいることと、根拠が語れないがゆえに「否定=怒り」に流れ、目的が共認ではなく相手をやっつけることが目的化してしまう。【固定観念=常識とは否定視の根源】
○学校教育の恐ろしさ。特に
・思考停止:何も考えず、知識階級の垂れ流す情報になびいているだけ。
個人主義:自分のこと(損得)以外は、考えない。それ以外に目を向けさせない。
 江戸時代:「みんな」>>>>>「自分」であったが
 明治時代に学校教育が導入されて、現在は:「自分」>>>>>「みんな」
 逆転してしまった。
   ↓
否定視 :集団を組めない状態に陥いる。
である。
*恐ろしいことに、明治以降の学校教育で、今や上記状態が全国民にまで広がっている。
→【学校で行なわれている教育は、支配階級に歯向かわなくするための洗脳教育である】
○突破方針
これを突破するためには【自分からみんなへ→思考軸をみんな充足に転換し、「みんな充足」を思考軸として根拠等を追求すること】なのだが、恐ろしいことに思考停止期間が長ければ長いほど、根拠も理解できず、あるいは、受け入れない人材が少なからずいることから考えて、上記方針に加えて、即ち、【仲間に対するプラス意識を根源とする課題・規範・役割・評価共認を根拠合戦を通じて構築し、周りからその形成された共認圧力を日常的に加え続け】気付きを与え改善させる必要があると痛感しました。
○明治以降続く学校による洗脳教育
今や私権・学歴信仰は衰弱し、近代思想は輝きを失い、近年消滅する可能性が高い。残されたのは学校教育(制度)における洗脳のスパイラル
親:子供は学校に行くのが当然(洗脳の固定観念化)
↓子供に強いる  ↑親になって
子供:学校で洗脳教育が施される。
明治以降続いてきた学校教育制度が、現在の日本の閉塞状況を生み出している可能性が窮めて高く、これを突破するためには【教育改革:仲間収束から追求収束へ】の重要性を強く再認識すると同時に、より一層、危機感・活力が高まってきました。




加藤俊治