内申書の脅し~学校はもういらない、どころか癌。

最近ますます露骨に「内申書に書く」という言葉が学校教育の中で使われているとのこと。
毎日の課題(それも教科書を写すという陳腐なもの)に対し、「出さないと内申に書く」と脅す。
もはや学校は締め付けだけの、現実からかけ離れた収容所のよう。
学校はもういらない、どころか癌だと、子も親も、気づきだしている。
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内申書に響くから…ヘアゴムの色で気付いた10代の「民主主義」
(「with NEWs」よりリンク)
(前略)
>福岡県の高校3年生、安永彩華さん(17)が、中学校での体験を紹介しました。
 中学では、生徒総会で校則の改正を話しあったそうです。その結果、短めの靴下をはくことなどが認められたと言います。
>ただ、聞いていると、生徒総会の結論を、職員会議が拒むこともあったそうです。髪を束ねるゴムの色がそうでした。
「黒か紺」に限られていたのを、「茶色も加えよう」と話しあいましたが、認められませんでした。「黒や紺に比べて、茶色はベージュからこげ茶までバリエーションが多く、線引きが難しい」が理由だったそうです。
>ふーん、ベージュじゃいけないのかな? そもそも色を決める必要があるの? 私が戸惑っているうちに、メンバーから質問が飛びました。
「茶色も認められるよう、闘わなかったの?」
安永さんはこう答えました。
「内申を握られているからね。通知表や内申点に響くから、できなかった」
なるほど。学校と生徒の力関係が、意見をいうのを難しくしているということでしょうか。
>安永さんは続けます。「日本では、規則に疑問をもたなくなる教育をやっていると思う」
>うん、そうですね。国連の「子どもの権利委員会」は、日本で学校や社会のルールをつくる時、子どもの意見が尊重されないのを心配している、という趣旨の指摘をしています。子どもは決められたルールに従っているということです。
>理由はたぶん、学校と生徒の「力関係」だけじゃないでしょう。子どもたちを守ろうとするおとなの「親心」。トラブルやクレームを避けようとする「心配性」。それらが入り交じって、生徒たちが意見をかわし、みずから決める機会を奪っているんじゃないでしょうか。そんな政治体験、民主主義の体験をしないまま、おとなになる人を増やしているのでは。
(後略)
引用終わり



匿名希望