超進学校は親の大きな期待を背負わされ、中高は精神病の子だらけ。異常な状況でした。中学3年になるとクラスの女子の半分くらいがリストカットした

式日記と経済展望【リンク】からの転載です。
勉強ばかりをやらされた女性がたどりついたところは?
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◆超高学歴25歳女性が生活保護に頼る深刻事情 7月31日 中村 淳彦
「進学した中高は精神病の子だらけ。異常な状況でした。中学3年になるとクラスの女子の半分くらいがリストカットして、学校側はリストカットする生徒のリストを作っていたくらい。私、自傷はしないので三者面談で先生が“あなたの娘さんは、精神状態は大丈夫です”みたいなことを言っていました」
■中学の同級生は「精神病の子」ばかり
進学校は親の大きな期待を背負わされ、小学校時代は遊ぶことなく、ひたすら勉強をしてきた子供が多い。毒親育ちの子供が多く、クラスの半分以上が心身の状態が悪かったという。教師の目の届かないところでイジメも蔓延していた。
「私みたいな重篤な状態ではないですが、中学時代から同級生はほぼ精神病の子ばかり。知っているかぎりは、実家住まいか結婚して専業主婦で、働いている同級生はいないです。恐ろしい環境にいたと思います。たぶん、みんな親からそれなりのモラハラだったり、DVだったりを受けていたんだと思う。だからストレス発散のためのイジメがすごくなる」
からかわれるだけでなく、無視される、汚物扱いされる、物を隠される、唾をかけられる、暴行を受ける――と、何でもありだった。海外赴任から帰国後も母親の状態は改善することはなく、成績が悪い、行動が気に食わないと、家庭内のDVもひどくなるばかりだった。
高坂さんは薄く、無に近い表情で淡々と話していた。途中、同行する女性編集者が「男子は高坂さんのこと好きだったんじゃないの」と軽口をたたいた。彼女はその言葉を聞いた瞬間に表情が引きつり、泣き出してしまった。悪気のなかった女性編集者はとっさに謝っている。
「大丈夫です。はい。好きだったんじゃないの? みたいに軽く流されることが、ずっとキツかった……。イジメは本当にひどくて、相手が男子だといつも“好きなんじゃないの?”って適当に流される。それはツライものがありました。精神が本当に壊れそうだったので先輩に相談したときも、“学費は親が払っているんだから、卒業までは我慢しないといけないんじゃないの?”とか、塾の先生には“それは、どうしたらいいかわかんない。ごめん”って言われたり。何も対策が取れず長期化してしまったのが、病気が悪化したいちばんの原因かと思います」
母親からのDV、学校でのイジメで精神が壊れた。ギリギリのときに何度かSOSを出したが、誰も聞いてくれる人はいない。限界を超えたのは、高校2年のとき。死にたい、死ななければならないという希死念慮が始まり、一度だけ学校の屋上から飛び降り自殺未遂をした。金網を超えて飛び降りようとしたとき、先生と生徒に止められている。
「本格的におかしくなったのは高校生になってからです。死にたいって気持ちが出てきて、それが強固になったのが高校2年くらい。高校3年のときは閉鎖病棟に入院しました。強い薬を投与されて、その頃のことはあまり記憶がありません」
学校に行けない。登校しても授業を受けられない。授業を受けても薬の副作用で目がかすんで黒板の字が見えない。同級生は続々と東大、京大に進学したが、高坂さんは難易度が低めの国立大学しか合格しなかった。
「大学時代は病気との闘いで、今とあまり状況は変わらないです。浮き沈みがあって、症状が出ると1カ月間起き上がることができないとか。母親は心からうっとうしそうで、私もとても親とは思えない状態で殺意を覚えたこともあるし、縁を切ることを決めました。それで親と離れるために米国の大学院に進学して、帰国後に人を介して絶縁したい意志を伝えました」
母親に最後に会ったのは3年前、米国に旅立った日。家を出るとき、母親は見えなくなるまで手を振っていた。大学院修了後、自治体の保健師に相談した。精神病のこと、母親に虐待を受けていたことを伝えた。生活保護の申請をすると、すぐに受給が決まった。
■就職活動をするためのおカネが足りない
まったく明日が見えない話だったが、彼女はまだ25歳だ。助けてくれる家族がいない中で、あと数十年を生きていかなければならない。
「父親から金銭的な援助を受けているときは、やっぱり将来的に母親に会わなきゃいけない日がくるんじゃないかと、それが怖かった。だから体調も悪くてしんどかった。生活保護を受けてからホッとして通院もできるようになって、何とか働けるかもって可能性が見えてきました」
生活保護費は月13万円。家賃、光熱費、携帯代を差し引くと5万~6万円しか残らない。精神状態が悪化して一歩も外に出ることができない月はおカネは余ったが、就職活動をするようになって足りなくなった。
「私、学生だったのでスーツ持ってなかった。やり直すためにはそれなりの経費が必要で、シャツとかも買わなくてはいけないのでおカネが足りませんでした。たとえば海外だったら、貧困者や受刑者にスポーツメーカーが在庫の売れ残りを提供するとかあるんですよ。日本もそうなればいいなって」
精神病から解放されて、普通の女性に戻りたい――高坂さんはずっと強く願っている。週3日でも就業するのは早すぎたもかもしれない。解雇になった数日後からボランティア活動に参加して、少しでも外に出る機会を作っている。
先日、父親から住所を聞いた母親から手紙がきた。差出人の名前をみたとき息をのんで震えが止まらなくなった。封を開けないで捨てた。
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