2020年開校。異年齢・自己主導で学ぶ幼小中“混在”校「軽井沢風越学園」が目指す“新しい普通の学校”とは 4

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本城さんの言う「子どもの方が上手なこと」とは。「子どもは遊びの天才」なんて言われますが、それは学びの場面でもあり得ることだそうです。たとえば岩瀬さんの生徒には、ダンボールの自立型ロボットをずっと学校でつくっている子がいたのだとか。
岩瀬さん 「このロボットどうして立つの?」って聞くと、「ここに重心があってね」って説明してくれるんですが、僕には全然わからない世界なんですよ。探究していくと、僕らの知らない知識や気づきもどんどん入っていくので、敵わなくなってくる。
そのとき僕らができることは、教科を教えるのではなくて、その世界に行くにはどんなリソースがあったらいいのか、とか、誰とつながればいいのか、というところのサポートに変わっていく。教師の専門性はそちらに変わっていくんじゃないかな、と思います。
子どもも大人も同じ力を持つ“社会人”として捉え、その違いを社会経験とするならば、確かに大人のあり方は、このように変化していくのでしょう。これまでとはまったく異なる教師像、これらはきっと教師以外の大人についても言えることだと思います。みなさんは、どのように捉えましたか?
教室は20年後の社会。
だから、「学校」を変えていく。
ここまでお話を聞いていて、新たな学校のかたちにワクワクしながらも、私は少し不安を覚えました。学生の頃の原体験として、何かにのめり込むということが得意じゃなかった私は、「個性」や「やりたいこと」を問われると、とても辛く感じた時期がありました。
そんな私は「探究」を重視するカリキュラムに適応できるのでしょうか? インタビューの最後に、そんな個人的な問いを投げかけてみました。
岩瀬さん だから「学校」という場の意味があるんです。他者から刺激を受けたり、自分が出会いたいと思わない意外なものに出会ったりすることもある。未知な人とか未知な事柄に出会って広く浅くやってみるのもすごく大事ですし、関心が広がっていくことそのものが、その子の探究の世界かもしれないですしね。
本城さん 関心を持っている子の話を聞いて文章にするのが好き、とか、そういう姿勢を写真に撮るのが好き、とかハマっている人に関わる人もいると思うんですよね。それもその人なりの探究のかたちです。
だからすべての人が何かひとつのテーマについて「◯◯博士」になるのが風越学園の姿じゃないですね。ハマっている人も、ハマっている人をつなぐ人も、ハマれる環境をつくる人も、子どもも大人もいろんなあり方があるだろうな、と思います。
「超ちゃんとした子どもだった」という本城さんと、「学校はつまらなかったけど、帰ってから空き地で遊ぶのがすごく楽しかった」という岩瀬さん。多様な大人たちが関わっているのも、風越学園の大きな魅力です
「教室は20年後の社会」。
ふたりのお話を聞いて、岩瀬さんの書籍『きょうしつのつくり方』に書いてあったこの言葉の意味を、改めて実感しました。教室で大事にされたことは、きっと20年後の社会でも大事にされているはず。
自分で考え、ゆるやかな協同の中で自分の意志で行動することで、まわりが変わっていくことを実感できる社会。一人ひとりが「幸せだ」という実感を持つことができて、自分の幸せも、他人の幸せも認め合うことができる社会。大人も子どもも、お互いの可能性を信じ合い、お互いの幸せに貢献できる社会。
大人になってから頭で学ぶのではなく、子どもの頃、原体験として「自分の手でつくる」を体験した子どもたちがつくる20年後の社会は、なんだかとても豊かなものに感じられます。それが、“新しい普通の社会”であったらいいな、と。
風越学園の開校は2年半後。その歩みの中で、さらなる変化とともにあることは間違いないでしょう。それもまた、現実の社会と同じ。変化の過程も楽しめる大人と子どもがつくる風越学園が、社会にとっても大きな風となることを楽しみに、私は子どものとなりで、自分自身の変化も楽しみながら生きていきたいと思いました。



 
吉 四六