何故こんな検定が?検定制度の何が問題か ~いらない!こんな教科書検定~・・・②

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●学習指導要領を現場に押しつけるために、
学習指導要領に忠実な教科書をつくらせる検定
文科省は検定の目的について「国民の教育を受ける権利を実質的に保障するため、全国的な教育水準の維持向上、教育の機会均等の保障、適正な教育内容の維持、教育の中立性の確保」(文科省『教科書制度の概要』)するためだといっています。しかし、これは建前に過ぎません。では、実際のねらいはどこにあるのでしょうか。
文部省の清水潔教科書課長(当時)は、検定のねらいについて、現場の教員に学習指導要領(以下、指導要領)を徹底するためには、指導要領に忠実な教科書をつくらせ、その教科書を忠実に教えさせる必要がある、と主張しています(雑誌『文教』No.64号、93年9月)。また当時、文部省は、これからは「教科書で教える」のではなく、「教科書を教える」ということを現場教員に徹底するとも主張していました。
指導要領は教科書を作成するにあたって準拠しなければならない、ということになっています。そして、検定基準の中心はこの指導要領です。指導要領は、「目標」「内容」「内容の取扱い」からなっています。「内容の取扱い」は、「内容」をさらに細かく規定したもので、89年の改訂時に小学校社会科の「内容の取扱い」に教えるべき歴史上の人物47人に東郷平八郎を含めるかどうかが大問題になり、東郷を入れることに反対した中島文部大臣(当時)が中曽根康弘首相(当時)に解任される事件が起こっています。指導要領に忠実な教科書づくりをやらせるために、1989年に検定制度を改定した時に、次のような改悪を行いました。
それまでは、指導要領の「目標」と「内容」だけが検定基準でしたが、改定後は、それに加えて「内容の取扱い」を含め、さらに、この3つについて、「不足なく取り上げていること」「不必要なものは取り上げていないこと」という文言を検定基準に新たに加えました。また同時に、従来の検定基準にあった、教科書作成に当たって「創意工夫」しなければならない、ということを削除しました。当時、文部省は教科書会社に対して、「現場(教員)のニーズや創意工夫は二の次三の次にして、学習指導要領に忠実な教科書をつくれ」と説明していました。
こうして、指導要領によって教科書をすみずみまで規制・統制するしくみができあがっているのです。この検定基準を使い、指導要領の文言を杓子定規のようにあてはめて、これもだめ、あれもだめ、という検定が行われています。その実例を紹介します。
生活科の教科書で「たかいところからみると、がっこうはまちのなかにある」という記述に、「地域社会を扱っている。(指導要領では)地域社会は3年生の社会科で扱う」のでだめという検定意見で削除させました。
同じく、「むしめがねでいろいろなむしのくちをみた。すうくちがある。かむくちがある。なめるくちがある。さすくちがある」という記述は、「昆虫の特徴を扱っている。昆虫の特徴は3年生の理科で扱う」のでだめ、という検定意見がつきました。
さらに、「シロツメクサもレンゲも、マメのなかまだ」という記述も、「マメのなかまというとらえかたは中学校の理科で扱う」ので生活科ではダメ、「もともと土から生えてきたものがたおれて 小さな生き物にたべられて、また土にかえって…」という記述は、「『小さな生きもの』というのは中学校の範囲」という検定意見、「3千キロメートルもとんで とおいみなみのくにから ツバメがかえってきた」という記述は、「『3千キロメートル』は2年生では扱わない単位や数字」なのでダメという検定意見で削除させられました。
理科の検定では、「おすが出した精子が、めすのうんだたまごと結びつく(受精という)と、たまごは成長をはじめる。」という説明をつけて、めだかのオスとメスがくっついて泳いでいる写真は、「(学習指導要領では)受精に至る過程は扱わないものとする」という検定意見で、2匹のめだかが離れて泳いでいる写真に変更しました。植物の花にとって子房は種をつくるところでとても大切な働きをするところで動物の子宮にあたります。「アサガオの花のつくり」の絵にこの「子ぼう」の名称と簡単な説明を書いたところ、「(指導要領では、花のつくりについては)おしべ、めしべ、がく及び花びらを扱うことにとどめる」からみて不必要という検定意見で「子ぼう」の名称と説明を削除さえました。
 高校国語の「古典Ⅰ」が不合格になった例があります。この教科書は、巻末に「世界文学」という単元を設けて、「春香伝」「カムイ ユカラ」「ギルガメッシュ叙事詩」「イリアス」「般若心経」「ネイティヴ・アメリカンの口承詩」を載せたところ、「指導要領に照らして、不必要なものを取り上げている」というのが不合格の理由です。
執筆者は、古文・漢文を世界の古典と比較することで、古文・漢文の質の高さや本質的な特徴を理解させるなどの意図によって、この単元を設けたということです。文部省は、「外国の古典とアイヌの古典は、日本語の古文で書かれたものではないから古典教材として認められない」といい、教科書調査官は、「カムイ ユカラ」は「日本の古典ではない」「アイヌ語は外国語である」と主張しています。
このような指導要領を機械的・杓子定規に使って、現場で教えたい、必要な内容まで削除させ、教科書を無味乾燥なものにしていしまっているのが今日の検定です。検定によって教科書がよくなるのではなく、むしろ悪くなっているのが実態です。
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加藤俊治