必要な事は時期が来れば必ず学ぶ

人間も含めた自然界の生物全てにおいて、必要な事は時期が来れば必ず学ぶのがものなのでしょう。それは学校によって強制しなくても、それは自然の摂理なのかもしれません。
以下、(リンク)より転載。
********************************
自然界の動物というのは、そもそもとして自分が生きていくうえで必要な事は時期が来れば必ず学ぶという仕組みになっているのです。
肉食獣などは狩りの仕方を覚えますし、鳥は空の飛び方を親鳥から教わります。
これは基本的に誰かから強制されることなど殆ど有り得ません。生まれつき何を学ぶ事が重要なのかということを、自然界の動物は知っているのです。
そして、人間も同じ自然界の生き物です。
生まれてから徐々に立ち、歩く事を覚えます。そして生活に必要な識字能力や計算などを徐々に身に付けていくわけです。
これには自然な順序や正当な学ぶ理由・目的があり、だからこそ学ぶ事は意味を成すと言えるでしょう。
何よりもこれは基本的に誰かから強制などされなくとも、実は簡単に出来てしまうことです。
生きていれば人間は必ず願望や欲などが出てくるもので、自己実現や個々人の目標は個人差こそあれど芽生えるものだからです。
あとは、その人がしっかりと学習できる環境などを大人が提供してあげれば本来はそれでいいはずなのです。
これこそが本来の学び(エデュケート)であり、当事者の学ぶ意欲を周囲の人が支えて引き出す手伝いをするというのがホームエデュケーションです。
言うなれば学びの主役は1人の人間・当事者である個人なのです。
しかし、今の学校教育ではそれが崩壊しています。
国家の作った学校という存在が主役とされて、そこから逸脱する人は悪だと一方的に決め付けられているのです。
家庭の子供は学校の1つの備品・道具でしかなく、そこに従えない子供は不良品だという扱いを平然と行っているのが現状ではないでしょうか。
人々の自由意志や学ぶ意欲と言うものを無視し、時代遅れの管理教育や無目的な一斉授業を今も繰り返しているのです。
こうした流れを変える唯一の方法こそが、各家庭・一般市民らがとにかく学校離れを起こすという方法が公教育を変える唯一の方法でしょう。
どんなビジネスでもそうですが、市場から求められない商品・サービスは自然に衰退して消滅していくのが真理です。
誰も「学校なんてもう行かないよー!」・・・という人で溢れてくれば、政府の学校というサービスはほぼ間違いなく終わるでしょう。
そして、そのために最も有効な選択肢として私が考えるのがホームエデュケーションです。
フリースクールなどでも全く構わないのですが、日本ではフリースクールの大半が有料であり、しかも高額の費用がかかる場所が少なくありません。
だからこそ、よりお金をかけずに政府の学校から離脱する最有力の選択肢こそがホームエデュケーションと言えます。
これをとにかく数多くの人が選んで普及させ、民間の教育が主役になれば必ず政府の学校は衰退することになるはずです。
教育の主権者・主役というのは当事者であって、学校関係者などではないのです。
学ぶ環境・成長する環境を子供にしっかり選ばせるという権利を与えられる素晴らしい選択を、親は真剣に考えましょう。