通い続けるべきか、それとも中退して働くか

A4判の書類がある。日本学生支援機構による「貸与額通知書」。返還総額予定の欄には、利子が付かない第一種と呼ばれる貸付金が「3,072,000円」、利子が付く第二種が「8,436,847円」と、それぞれ記載されている。早稲田大学2年生のタクマさん(26歳、仮名)は卒業と同時に1100万円以上の借金を背負う。卒業後、20年間にわたり毎月約5万円を返し続けていかなくてはならない。
「将来、返済が終わっている自分の姿が見えないんです。このまま大学に通い続けるべきなのか。それともこれ以上、借金が増える前に中退して働いたほうがいいんじゃないか。最近、本当に迷っています」
◆物心ついた頃から父親はいなかった
福岡県内の地方都市で育った。物心ついた頃から父親はおらず、母親と2人暮らし。母親が父親のことを語ることはほとんどなかったが、母方の祖母が、母親はDVを受けていたことや、両親はタクマさんが生まれてすぐに離婚したこと、養育費が支払われたことは一度もないことなどをぽつぽつと話してくれたという。
幼い頃、タクマさんは体が弱く、よく熱を出した。このため、母親は時間の融通が利くパンの移動販売や乳酸菌飲料の訪問販売で生計を立てた。しかし、これらの雇用形態はいずれも個人事業主。ガソリン代は自腹のうえ、売れ残った商品の一部を買い取らなくてはならず、手取りから相当額を引き去られる月もあったという。その後は別の仕事に就いたが、いつも縫製やはんだ付けなどの内職との掛け持ち。働き詰めなのに家計は苦しく、家事をする時間的な余裕もなく、ご飯と味付け海苔だけで何日も過ごしたこともあった。
◆消えない「母親への罪悪感」
東京暮らしを始めて1年半。
制約はあるが、さまざまな経験を積み、多くの人と出会い、成長できたとも感じている。同時に、その反動のように最近、母親への罪悪感がどうしようもなく募るのだという。
母親のことを「自分がいちばん迷惑をかけてきた人」だと、タクマさんは言う。「“なんでそんなにおカネがないの”とか、“こんなことになったのはおカネがないせいだ”とか。子どもとはいえ、言っても仕方がないことを言って傷つけてきました」。
現在、2人のやり取りは1週間に1回のライン。母親が仕事のストレスや日々の暮らしぶりなどを割と赤裸々につづってくるのに対し、タクマさんの返信はたいてい1、2行だ。そっけなさとは裏腹に「僕がいなくなってから、ちゃんとした食事を取ってないみたいなんです。仕事も車での移動が多いみたいだし……」と心配する。
タクマさんが大学中退を考えるようになったのは、世間を知るにつれ、莫大な借金を負って社会に出ても、労働者の4割近くが非正規雇用であることや、20代半ば過ぎの就職活動は思ったよりも厳しいといった現実が見えてきたこともあるが、こうした母親への罪悪感も理由のひとつだという。私が、母親のいちばんの望みは息子が卒業することなのでは、と水を向けてもなお、「少しでも早く母親を助けたい。卒業か、中退して働くか。今は五分五分です」という。
◆「怖くて何も言えない」
タクマさんに話を聞く中で、ひとつ気になることがあった。口数は少ないながら、問われれば何でも端的に答える彼が「政治や社会に対する不満」について尋ねると、途端に歯切れが悪くなるのだ。何度聞いても、それは同じだった。
取材を終え、大学の近くを歩いた。見慣れた風景にリラックスしたのか、タクマさんがふいに「自己責任って言われちゃうと思うんです」と切り出してきた。NHKの番組で紹介された「貧困女子高生」の例を挙げ、貧しいと言いながら、実際には余裕のある生活をしているとして、女子高生が猛バッシングされた様子に「ここまで批判されるのかと驚きました」と言う。
大学では普段から、社会や政治の問題に無批判な学生が多いことに「気持ちの悪さ」を感じていたが、案の定、一連のバッシングに賛同する友人は少なくなかった。明日の食べるものがなくなるまで追い詰められないと貧乏とは言えないかのような主張に反発を覚えると同時に、自身の家庭環境や経済状況もきっと「家族を捨てた父親が悪い」「経済力もないのに、養育費ももらわずに離婚した揚げ句、商品の買い取りをさせるような仕事を選んだ母親が悪い」「高校を中退したお前が悪い」と言われるのだと思った。
「悩みを打ち明けても、自己責任と片付けられたらどうしよう。自分が悪いのに要求なんてするべきじゃないと言われたらどうしよう。そう思うと怖くて何も言えないんです」
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す太郎