義務教育は、親の不安に付け込んでいるだけ

よくよく考えてみると、生きていくための必要な知識は、義務教育が始まる前、親や親戚から教えてもらって育っているはず。義務教育が始まってからは、友達との付き合いで学ぶことは多いが、授業では生きていくために必要な知識はほとんど得られることがなかったように思います。そんな学校だとわかっていながら、子供を学校に行かせるのは、やはり不安を煽られているからのでしょう。
学校なんて行かない方が、人々との関わりさえあれば、生きていくために本当に必要な事を、学べると思うのですが…
以下、リンクより
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義務教育を受けなければ人は成長できないというのは、単なる1つの意見でしかありません。政府の学校教育など受けなくとも、人は学び成長できる生き物なのです。
親の不安に付け込んでいるだけ
義務教育が無かった時代というのは、民間の教育組織などが市民の教育を請け負っていたものです。
そして、それと同時に過去の日本では政府の学校教育など存在しなかった頃は地域が一体となって子供を育て教育するという意識がとても強かったのです。教員免許を持った公務員と呼ばれる教師ではなく、商人や農家などの社会的に意義を持った職業の人々が、地域の子供に読み書きなどを教えるのが普通でした。
冷静に考えてみて欲しいのですが、学校の教師たちは教科書に書かれたことを黒板に書き写し、子供に覚えなさいと命じているだけです。別に、これはある程度読み書きができる大人などであれば教員免許を持っていない人でも出来ることが分かるはずです。それどころか子供でさえも学ぶ意欲があれば教科書などを独習すれば事足りてしまうでしょう。
こういうことを書くと
「それならば集団生活はどうやって身に着けさせるんだ?」
「一人で好きな事だけをさせていれば我がままな奴になる」
「社会性が身につかないだろう」
「上下関係が無いから礼儀の無い人間が育つ」
・・・などの意見が出てくるはずですが、それならば家以外の場所で他者とふれ合い周囲の人間のことを考える機会を与えればいいだけです。別にそれは義務教育の中だけでしかできないことなどではありません。
例えばですが、図書館など公共空間を利用する際に館内では静かにすることや、迷惑にならないように飲食を控えることなど他者を尊重することも学べるでしょう。そのほかにも、習い事などを身に着けさせるなどすれば指導者などへの敬意を学ぶということだって別にできるはずです。
学校など行かなくても、真剣に試行錯誤すれば子供が日々成長するということは難しくもなんともないということが簡単に理解できるでしょう。
結局のところ、政府の学校が無ければ読み書きも計算もできない人間になるんだよという不安を学校関係者があおっているだけなのです。そして、家庭の親たちがその不安に負けて義務教育だからと言いながら子供を政府の学校に差し出しているだけなのではないでしょうか。
人は本来、誰かに強制されなくとも学ぶ力も意欲も備えているのです。歴史上、義務教育などまともに受けていなくても偉大な功績を上げた人々は多数存在するのです。
あなたが親であるならば、まずご自身の子供を信じるということを学びましょう。





匿名希望