「学校に行きたくないから」だけで十分

学校に通わない場合になぜ学校に行きたくないのか原因を探ろうとする大人は多いものです。 しかし、学校に行きたくない理由は沢山あり千差万別なのです。 「学校に行きたくないから自分はこれ以上学校には行かない」というだけで、理由など十分なのです。 ********************************* 『学校に通えることは万人の幸せではない』 私が中学校か高校に在籍していたときだったと思うのですが、学校の廊下かどこかにポスターが貼りつけられていた記憶があります。 そのポスターには発展途上国などの児童らが書かれていて「私たちも学校に通いたい」というメッセージがつづられていたと思いました。 もちろん、確かに学校に通うことができずに満足に識字能力なども身に着けられないような子供が世界にはまだまだ数多く存在するでしょう。 なので、当時の私には別に変な違和感はありませんでした。 しかし、今になって思うと何かがおかしいと感じるのです。 学校にいけない子供が世界にはたくさんいるのだから、日本の子供や学校に普通に通えている君たちはありがたく思えというような上から目線の圧力のような存在を感じるからです。 学校という場所に通いたい人も確かに世界に山ほど存在するかもしれませんが、だからといって学校に行かない人がいてはいけないのかというとそんなことはないだろうと思うのです。 学校に行きたくても行けない人もいれば、学校に通うことは選択できるが学校に価値を感じないから行かないという人もいても何ら不思議などありません。 学校に対する価値基準など全員違って当たり前ですし、そもそもとして学校が万人の幸福になりえるはずがないのです。 病気を治すために薬を飲む人もいれば、副作用を問題として意図的に飲まない人もいるものです。 ポスター自体に悪意があったなどというつもりはありませんが、やはり学校が絶対的な存在であるという暗黙の意識のようなものを植え付けたかったのかもしれません。 今現在、学校教育に疑問を感じている人・学校に起因する事柄で苦しんでいる人がいるのであれば、まずは自分の感情・価値観というものに素直(すなお)になって下さい。 学校はすべての人にとっての最善の選択肢とは限りません。むしろ、学校に行かないほうが幸せな人も存在していいのです。 政府の学校が唯一の正解だという意識をまず切り替えましょう。 教育の手段を選択する主権は当事者が握っているという感覚を取り戻すべきなのです。 リンクより

 





井垣義稀