先生に怒られないために宿題をやる

宿題に対する反対の意見と宿題をこなしても意味がないという研究データがあがっていたので、投稿します
以下引用
学校の宿題は私はいらないと思っています。なぜか?というと、宿題をやっている子の大半は先生に怒られないためにやってくるのであって、終わらすことが目標になっており、何かを身に付けるなどのことは意識されていないからです。仮に宿題を真面目にやってくる、何かを身に付ける意識でやってくる子がいるならば、宿題として出さなくても、家で勝手にまじめに勉強してますよ。つまり、これは学校での勉強もそうかもしれないが、勉強を嫌々させたところで、残るものはない。単に苦痛を味わうだけで、得られるものがほとんどないのだ。だから、時間の無駄であり、ゲームでもやっている方が全然本人にとって有意義だろう。ゲームは好きでやっているのであって、得られるものがあるか?というと、皆無ではないものの、そこまで多くはないかもしれないが、嫌々やっていて得られるものがほぼないよりは全然マシだと思います。
ただ、宿題のような理不尽なものは社会に出れば多く待ち受けている。宿題もこなせないような人間は社会でやっていけないぞ!ということを言う人もいるかもしれませんが、この意見はもはや通用しないと思います。そもそも理不尽なものをやらされている時点でおかしいと十分反論できると思うし、理不尽なものを許容している時点でおかしいと思うのだが、そもそもこういう人が言うのはサラリーマン社会を想定していると思う。確かにサラリーマンをやっているとこれくらいの面倒なことは山ほどあるでしょう。だから、それくらい我慢できないような人は社会で生きていけないという意見かもしれないが、そもそもそのサラリーマン自体が今後消滅の危機ですからね。
 
デューク大学のハリス・クーパー氏は宿題に関する研究を行う第一人者です。クーパー氏によると、宿題によって得られる利益は年齢に依存しており、特に小学生の年齢の子どもが宿題をどれだけやっても成績が向上するという証拠は見つかっていません。中学生でも宿題が成績を向上させる「良い影響」を得ることはほとんどなく、高校生になってようやく宿題で学術的な利益を得られるようになります。ただし、1日2時間が限度で、それ以上宿題に時間をかけると利益は減少していくとのことです。
「宿題をすると頭が良くなる」という一握りの神話的研究を払拭するべく、クーパー氏は1989年と2006年のおよそ200の研究結果を分析しました。多数の研究結果を総合的に解析した結果、小学生レベルの子どもが行う宿題に学術的な利益は発見されず、そればかりか子どもに悪い影響をもたらしていることまで判明しています。幼稚園から小学校への入学は子どもにとって向学心を深める機会となりますが、宿題をさせることは学習に対する興味を失わせる影響があると、クーパー氏は説明しています。
これまでの「宿題支持説」では、宿題は学校学習を強化しつつ「責任能力」を養うひとつのツールであり、親との自宅教育につながる機会になると言われていました。これに対してクーパー氏は、子どもの責任能力は養う機会は、親に言いつけられる雑用やペットの世話など、日々たくさん存在するほか、学校学習は子どもにとって重要ですが、「良い睡眠」「家族との時間」「遊ぶ時間」もまた子どもにとって重要な要素であり、宿題でこれらの時間を削っても良い影響は得られない、としています。
 




花塚優人