「教えない教育」で子供達の活力を再生する。②/2:教師は如何する?

『これまでの教育は先生が生徒に教え過ぎた。これからは「教えない教育」だ』
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(引用開始)→①/2から続く
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教師として
また教育する側にもしっかりとした意識が必要になります。
教える側として意識すべきことを列挙します
 
[教えないことで子供たちに自立を促す]
答えが分からない子どもたちに、どんどん答えを教えていけばその時は効率が良いかもしれません。しかし、子供たちが大人になったとき、答えが分からないからといって周りの人達が教えてくれるわけではないですよね。
効率は悪いかもしれませんが、子供が「分からないことがある」と言ってきたときは、どうすればその答えが分かるようになるのかを一緒に考えてあげるしか方法はありません。
 
[教える側が最も学ばなければいけない]
これは当然です。「教える」という行為は、頭に入っている知識を人に分かりやすく伝えることであるので、まず教える側の頭の中に知識がなければ何も教えられないことは誰でも分かりますよね。
 
[分かりやすく説明する]
基本的に教える側と教えられる側の知識量には、歴然とした差があります。前提条件となる知識量に差があるのであれば、教える側は教えてもらう側の知識レベルに合わせた説明をする必要がありますよね。
 
[座って話を聞くだけにさせない]
ただ座って話を聞くだけだったのがこれまでの教育でした。
しかしこんなことを続けてはいけません。みんなが参加できるものにする必要があります。
そのためには、どうすれば生徒が参加したくなるかを徹底的に追求しなければいけません。
(中省略)
 
[生徒主体]
授業というのは、生徒が主体的でなければ意味がありません。主役は生徒であって、教師はそれを支えるわき役です。
僕は「授業」というノルマをこなせばいいのだろうというような教師主体の授業もこれまでたくさん受けてきました。しかし当然ですが、そうした授業は全く面白くなく、生徒と教師のモチベーションはどちらも低かったですね。
 
[先生が話し過ぎない]
先生が話し過ぎる授業というのは、教師主体の授業ですよね。テストに出る範囲だけを永遠と話し続けるような授業は、はっきり言って時間の無駄です。
 
[みんなを巻き込む]
これまでの教育は、数十人の生徒の前で、1人の教師が話し続けるというものでした。こんな授業であれば、一度録画した授業を流す「予備校スタイル」の授業でいいですよね。
せっかく1つの教室に多くの生徒が集まるのだから、生徒が参加しまくる授業を行わなければいけません。
 
[先生と生徒、生徒と生徒の会話を増やす]
これまでの授業では、人と人との会話が生まれることはありませんでした。しかしどんな仕事をするにしても、基本的には人とのコミュニケーションが重要です。
そのため、授業内でも会話が生まれるような環境を作らなければいけません。
 
[ぶつかった問題を乗り越える方法を教えなければいけない]
問題に出会ったとき、乗り越える前から、その問題を乗り越えた先にある景色を見せてしまうのがこれまでの教育でした。
これからは、問題に出会ったときにどのようにしてその問題を乗り越えればいいのかを教えていかなければいけません。
(中省略)
 
[誰かに助けを求めに行くことも自立に必要なこと]
なんでも自分1人でやればいいというものではありません。もし誰かの助けが必要であると感じたら、すぐに助けを呼べることも重要な力です。
 
[「間違ってはいけない」から、「間違いを楽しもう」へ]
そもそもまだやったことがないことを失敗するのは当然ですよね。それなのになぜか、失敗することは恥ずかしいことだという文化が浸透しています。
しかし本当に恥ずかしいのは、そのように失敗することを恐れてばかりで、何にも挑戦できないことです。
 
[挑戦から生まれた失敗を、失敗と捉えない環境を作る]
何かに挑戦した結果として失敗しても、何も悪いことではありません。失敗したということは、今の自分にはできないことに挑戦したということの証でもあります。
失敗したことから学び、次の行動で改善するというサイクルを繰り返していけば、いずれは成功するということを教えてあげなければいけません。
(中省略)
 
[答えを教えたほうが効率的かもしれないが、生徒の自立を妨げる]
いまの瞬間だけで見ると、生徒に答えを教えてしまったほうが間違いなく効率が良いです。しかし生徒が大人になったとき、もう教師が助けてやることはできません。
生徒が1人で学ぶことができるようにしてあげることこそが、本当の教育です。
 
[実験など、実物に触れることを重視]
頭のなかで想像したものと実際の現象を見比べて、「なぜそのようなギャップが生まれたのだろうか」というような質問を自然と生み出すことができます。
 
[生徒の持つ知識や感覚にギャップを生じさせる]
ギャップを生じさせることによって、生きていくうえで必須の『「なぜ?」を考える力』を培うことができます。
 
[失敗を繰り返しながら課題解決方法を見つけ出す力をつけさせなければいけない]
課題解決方法を鍛えるためには、何度失敗しても正解までたどり着いてやると思える気持ちを作ってあげなければいけません。
 
[思考力・判断力・表現力を評価する試験]
数学のように答えさえあっていればOKという評価方法ではなく、どのようにしてその答えまでたどり着いたのかという過程を評価する必要があります。
 
[「なぜ?」を殺さない]
生徒が抱える「なぜ?」を殺してはいけません。「なぜ?」を殺してしまうと、子どもたちは自分の頭で考えることを辞めてしまいます。
時には教師にもこたえられないような「なぜ?」が出てくるかもしれません。そんなときに、その「なぜ?」を殺さず、一緒に答えを探してあげられることこそが教師に求められているのです。
 
(以下省略)
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(引用終了)




松本幸二