頑張っている間は結果はでない

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■なぜコツコツ努力をしても報われないのか
努力をされるお子さんのようですね。それはとてもすばらしいことです。通常、勉強は嫌々ながらやるか、言われないとやらないという子が多い中で、コツコツと努力をする子ということは、今後が楽しみですね。
しかし、藤森さんがご心配になっているとおり、実は、コツコツ努力をしても成果が出ないことがあるのです。筆者はこれを「努力逆転の法則」と呼んでいます。つまり、努力すればするほど、成果・成功から遠ざかっていくという恐ろしい法則なのです。
なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。通常は、コツコツと努力をすれば成果が出ると思いますよね。というより、「そう思いたい」というのが正しいように思いますが。しかし、現実はそうは甘くはないのです。
今回はこのメカニズムについてお話ししましょう。
まずは一般的に考えられる「コツコツ努力をしても報われない」理由を3つ掲げましょう。
1) 努力する部分を間違えている
  (中略)
2) 実は大して勉強していない
  (中略)
3) 勉強方法を間違えている
  (中略)
以上、典型的な3つの理由についてお話ししました。もし、この3つのいずれかに該当する可能性があれば、その該当部分を1度チェックするといいでしょう。しかし、これら3つがクリアされているのに伸びないということがあるのです。今回はこの点についてお話ししましょう。このことについては一般に知られていません。
「頑張る」には2つの種類がある
それは「頑張っているうちは、成績は大して上がらない」ということなのです。つまり「成績を上げたいなら頑張ってはいけない」ということなのです。
頑張ることで報われると思っている人が多いのですが、頑張ってもうまくいくとは限りません。もし頑張っていて報われるのであれば、頑張っている人は皆、成功していないとおかしいですからね。
実は、この「頑張る」という言葉は非常に怪しい言葉で、「頑張ってはいけない」と言われると、では「怠ければいいのか」と性急に考えてしまうことがあります。そういうことではなく、「頑張る」には2つの種類あり、通常、イメージされるような「頑張る」ではうまくいかないという意味なのです。
■通常イメージされる「頑張る」とは、「苦しみを伴った『頑張る』」です。
一般的に、「頑張る=つらいこと」ととらえることが多いのではないでしょうか。「受験勉強を頑張る」といった場合、おそらく「つらい孤独な戦いを忍耐で頑張る」という様子をイメージすることでしょう。もちろん、この方法でも、ある程度は成績は上昇します。しかし“ある程度”です。しかも、このタイプの頑張る道のりは、厳しくつらいものであり、できれば避けたい道を我慢して通っているため、ちょっと油断すると、すぐに下がっていきます。「頑張るとはそういうものであり、その道を避けるなどと、甘いことを言うなんて」という人もいます。このような精神論が間違っているとは言いませんが、本当にそのようなやり方が効果的なのでしょうか。
というのも、これまで非常にたくさんの子どもたちを見てきた中で、わかったことの中の1つに次のようなことがあるのです。
それは、上記のような「苦しみを伴った『頑張る』」で勉強が継続的にできるようになった子に出会ったことがない」ということなのです。“ほどほど”のレベルまで上がればいいと思っているのでしたら、「苦しみを伴った『頑張る』」でも、“そこそこ”上がりますから、それでもいいかもしれませんが、突き抜けた人、上位のゾーンに入る人、安定的に高い状態にある人になりたいのであれば、「苦しみを伴った『頑張る』」では到達しないのです。
■楽しみを伴った「頑張る」
では、「苦しみを伴った『頑張る』」ではないのならば、どうすればいいのかということになりますね
それが、もう1つの種類の「頑張る」なのです。
それは「楽しみを伴った『頑張る』」なのです。換言すれば、「楽しんでいる心理状態にある『頑張る』」ということなのです。
勉強ができる子の頭の中は見えませんね。端から見ていると、「一生懸命勉強している」「努力している」「(苦しみを伴って)頑張っている」ように見えます。しかし、彼らの内面は外から見ているのとは真逆と言ってもいいぐらい、異なっていることはあまり知られていません。
例)小6の女の子の例
私がかつて指導していた小6の女子のお話をしましょう。彼女は、全教科抜群にできるのですが、特に国語がよくでき、難問でも解いてしまうのです。私は、その子に「どうやって国語の文章を読んでいるの?」と聞くと、「この文章に出てくる○○ちゃんは、私の友達の△△ちゃんに似ていて、でも××の部分はちょっと違うんだよね。△△ちゃんはこんなふうには考えないからね」と答えるのです。
さて、これが何を意味するかおわかりでしょうか。この子は問題を解くために文章を読んでいるのではなく、自分の知っている現象と文章を重ね合わせて、内容面に入り込んでいるのです。だから問題が解けるのです。
つまり、その子は「楽しんでいる」のです。
例)歴史ができる高校生の例
ある高校3年生がいました。彼は、高3から世界史を勉強し、たった1年でマスターして早稲田大学法学部に合格しました。彼に、なぜ世界史がそんな1年でできるようになったのか聞いたのです。すると彼は「世界史に出てくる人物を自分の知っている友人たちに置き換えている」というのです。「先生も出てきますよ」と言われたものです。家族や知人、友人を総動員していると言っていました。単なるカタカナで表記され会ったこともない世界史上の人物を、身近な人に置き換えることでリアル感を持って“楽しんだ”ようなのです。
どうすれば楽しめるのかを考える
この2つの例はほんの一例です。まだまだたくさんあります。できる子だから楽しめるのではなく、楽しめる子だから結果としてできるようになっていったのです。おそらく端から見ていれば、この2人の子は一生懸命勉強している、頑張っていると見えますが、内面が外から想像する姿とはまったく異なるのですね。





真田俊彦