勉強する意味

もはや何が勉強で、何が勉強でないのか。
これまでの物差しでは定義出来ないのが、今の現代社会。
“勉強する意味”はどこにあるか。なにをすべきなのか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【勉強する意味はあるのか】
勉強する意味はあるのかという疑問ですが、勉強する意味はあります。
国語力を鍛えて損をする事はありませんし、計算力を鍛えて損をする事もありません。
歴史を学ぶのも良いでしょうし、科学を学ぶのも良いでしょう。文系でも理系でも自らの力になってくれます。
★ただここで重要なのは、今の日本において「勉強する意味がある」=「 将来安泰」ではないと、理解する必要がある という事です。
勉強を意味あるものにするには、活かせる環境に飛び込む必要があります。
【過去と現在の定義の違い】
昭和の高度成長期から平成のバブル期までであれば、とにかく言われた通り勉強すれば、成功がある程度、保証されていたはずです。
しかし2017年現在は大手企業でも、業績不振や倒産危機の報道がニュースを賑わしています。
★これまで続けてきたやり方が通用しなくなり、新しい時代に適応出来ない企業は淘汰されていきます。
そんな時代において闇雲に「勉強しなさい」と言われても、その行為に意味はあるのか? と思うのは当然の流れです。
【親より子どもが先を行く時代】
「勉強しなさい」と言う以上は説得力を持たせなければ、耳を貸そうとはしません。
小学校低学年ぐらいならまだしも、高学年や中学生にもなると、親より子どもの方が情報量が多いことも珍しくありません。
その多くはネットから得たものですが、目まぐるしい速さで新しい情報が提供され、子どもは次々に吸収していきます。
親が望む形で勉強して欲しいなら、まずは子どもが納得するだけの理由が必要で、それを行うには情報量が最低でも親と子どもが、対等になる必要があります。
当然の話ですが、親が子どもに追いつくのが前提です。
子どもが情報を得る機会を失わせる方に舵をとれば、勉強する意味の有無以前の話になります。
(省略)
勉強する意味はあります。
ただし子ども自身は机に向かう向かわないに関わらず、勉強したものを活かせる環境に身を置くことが条件です。
そうでなければ生活レベル以上の意味はありません。
親は子どもが抱いている疑問に対して、勉強する意味があることを納得させるだけの理由が、かならず必要 です。
★その為にはまず 時代の流れを理解する事 が大前提。
もちろん全てに共通して言える事として、意味があるものにするには、本人に『学ぶ』意識が必要 です。
リンクより
 




井垣義稀