ノーベル賞受賞者の両親は「管理意識」から無縁。

現在の風潮として、教育熱心な親=子供を管理する親となっており、そうすることが親の役目であり、それができない親は少し後ろめたい気持ちになることがあります。しかし、親が子供を管理することは子供のためになっているのでしょうか。
>成果目標を「成績」から「人間力と追求力」に転換させれば良いだけです。それだけで成果不安から抜け出せます。そして、子供を管理するのを止めて、応援してあげるだけで、子供は見違えるように元気になり、生きる意欲と追求力を再生してゆくに違いありません。<331808
という投稿を読み、以前に読んだ「大発見の思考法」のなかで、ノーベル賞受賞者益川敏英氏と山中伸弥氏との対談で、子供時代を振り返った話が思い出されました。以下は対談のなかからの抜粋です。
益川敏英(1940年生・2008年ノーベル物理学賞
小学生の時の通信簿には、1以外のすべての数字が取り揃えてありましたよ。成績がよかったのは、やはり算数と理科でしたね。苦手なのは国語。テストでちゃんと答えられたのは応用問題だけ。漢字の読み書きなんて、ものの見事に全滅でした。
うちの両親は砂糖問屋をやっていたから忙しくて、僕の勉強がどのくらい進んでいるかには目が届かないし、勉強の手助けをしてやれるような環境ではなかった。僕はそういう環境を最大限、エンジョイしていたわけです。予習復習や宿題をいっさいせず、授業が終わったら遊び回っていました。学年ごとに新しい教科書が来ると、母が新しいノートに名前を書いてくれるんです。そのとき、前のノートに何が書いてあるかって見てみたら、何も書いてない。まっさら。
僕の親父は、戦前は家具職人で、戦後は砂糖問屋を営んでいました。でも、本当は電気技師になりたくて、家具職人の修行時代には早稲田大学の通信教育を受けていたらしい。銭湯の行き帰りに、「電車の自動扉が閉まりかけた時、手で押さえれば開けられる。だが、いったん閉まってしまえば、どう動かそうとしてもピクリとも動かないだろう?それはどうしてか。」そういうことをよく話してくれました。
僕の家にテレビが初めて入ったのは、中学生のころでした。物見高くて知りたがり屋の益川少年は、当然、テレビの裏蓋を開けて中を覗いた。そこには真空管が17本入っていました。裏蓋には配線図まで描いてあった。その配線図を見れば、この真空管がどういう役割なのかが、中学生でもだいたい想像できた。
科学の基本は国語ですよ。何にしてもすべて文章の言葉から入ってくる。読んでその世界が頭に思い浮かべられるかどうか。その力があれば、理解していける。そのあとは、吸収した知識を頭の中で思い描いて発展させていけるかどうか。
数学は「計算するもの」というイメージがあるかもしれないけど、数式は基本的には言葉なんです。数式とは「かくかく、しかじかの関係がある」とか「〇〇という事実を表している」ということを語っていて、そういうことを組み合わせて発展させていけば、答えになる。だから言葉が基本なんです。
山中伸弥(1962年生・2012年ノーベル医学生理学賞
じつは私も、算数と理科、中学以降は数学と物理がすごく得意で、国語はずーっとダメだったんです。漢字の書き順とか、そういうの、ちゃんと勉強した覚えがなくて…。
さすがに宿題はちゃんとやりましたけど、塾は1か月でやめているんです。小学6年生の4月から通いはじめたのですが、ゴールデンウイークなのに「塾に行け」と言われたのがすごく嫌で、すぐにやめてしまいました。塾に通ったのは、生涯で唯一、その1か月だけです。
数学は大好きだったので、すごくやりました。「自分に解けない問題はない」とまで思っていましたから。勉強というよりも、今の「数独パズル」のような感じで、難しい問題を解くのが趣味だったんです。小学生の時から、「なんとか500題」のような問題集をトイレに置いて、トイレの数学の時間を持っていました。(笑)
わが家は東大阪市でミシンの部品をつくる工場をやっていました。母も家業を手伝っていましたから、益川先生と同じく、ほったらかしで育ちました。家は工場の隣にあって、幼い頃から機械に囲まれて生活していました。
私、いまだに自分がサイエンティストというよりは、技術者のような気がしています。子供の頃、ザリガニを釣ったりセミを捕ったりしましたけど、生き物をバラバラにするんだったら、機械をバラバラにするほうが面白かったですね。
小学校の頃は、しょっちゅうラジオや時計を開けて、中がどうなっているか見ていました。「自分で必ず元に戻せる」と思って分解したんですが、なかなか元に戻せず、親からひどく怒られてそれでも懲りずに、また分解しては怒られるを繰り返していました。
理科の実験も大好きで、子供向けの科学雑誌をよく買ってもらいました。付録の実験道具が楽しみで、何年生の時だったか忘れましたけど、家のこたつでアルコールランプの実験を夢中でやっているうちにランプをひっくり返してしまい、こたつの上が火の海になって、母から大目玉を喰らったことがあります。(笑)
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現在、ほとんどの母親に見られるような成績を中心とした「管理意識」とはまったく無縁で、「なんで?」と追求心を発揮できる環境で育っていることがよくわかります。
「これはダメ。」「ああしなさい。こうしなさい。」といった管理意識からのはたらきかけがあったら、両氏のような追求心も封鎖されていただろうということも容易に想像ができます。
授業コマで上記の話をすると「そんな子供でもノーベル賞をとれるの!?」(本当はこんな子供だから取れた)、「うちとは全然ちがう。羨ましい。」、「とことん追求するような心境になってみたい。」といった声があがりました。
管理意識から応援へ。本当に子供のためを想うならば、親達の意識転換がいぞがれます。私も尽力していきたい。




槇原賢二