大学を卒業し、働き始めてから、私は完全に自由になった。

不動産系ベンチャー企業に勤めている社会人1年生の話。
「学生→社会人」という立場になっての気づきが描かれている。
“自由”“視野の広がり”から見えてきたものとは、、、。
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社会人の先輩に、「現状に不満はないのか?」と聞かれたことがある。私は毎日楽しく働いている。だから「大きな不満は特にありません」と答えた。
「本当に、ないの?」先輩は少し驚いていた。
「強いて言えば、眠たくなった時に、仕事中なので寝られないことは不満です」
「そんなのは不満のうちに入らないよ」
「じゃあ、やっぱり不満はないのだと思います。毎日幸せに働いているので」
「珍しいね」
珍しい、とはよく言われる。会社の同期に「ストレスがない」と言ったときも、「本当に?」と半信半疑なリアクションをされた。
実際、好きなことを仕事にしているわけでもなければ、客観的にラクな仕事をしているわけでもない。でもストレスがないのは本当なのだ。なぜなら、今、すごく自由だと感じているから。社会人になって、私は完全に自由になったと思う。
「普通、逆じゃない? 会社のルールに従わなきゃいけないし、時間の自由もないし、いろいろ縛られているでしょ」
言われていることは理解できる。その通りだと思う側面もある。大学生の頃は、「今が一番自由な時期だ」と思っていた。
「社会人になったら、自由がなくなる。今のうちに自由を謳歌しよう」と。
確かに、大学生はかなり自由だった。時間をどのように使うか、全部自分で決めることができた。それでも、今が一番解放されていて、一番自由で、のびのびしていると感じる。その理由を考えてみた。
●「○○しなければ」がなくなったから
まずは、当時一番自由だと思っていた大学生の頃との比較から。大学生の頃は、「単位を取らなければ」「大学生らしいこと(サークルやバイト、旅行等)をしなければ」「就活しなければ」と思っていた。
強迫観念ではないにしても、その考えに縛られていたと思う。今は、「○○しなければ」と思っていない。出社したいから出社し、働きたいから働いている。
●今の状況は「自分で選んだ結果」だと思えるから
前提として、自由だと感じるのは、あくまで「過去と比較した結果」であることを共有しておきたい。もっと自由だと感じるはずの状況は存在するだろう。
それでも、私は他人の人生を経験しているわけでもなければ、将来の自分が見えるわけでもない。私が知っているのは「過去の私」だけなのだ。
これを踏まえた上で話すと、私が今を自由だと感じる最大の理由は「今の状況は自分で選んだ結果だと思えること」にある。選んだと思えるためには、他の選択肢を知っている必要がある。
中学生までは、目の前のことしか見えていなかった。目の前のことに全力で取り組んでいた、と言えば聞こえは良いが、言い換えれば視野が狭かった。
高校生の頃は、大学を受験することしか選択肢がなかった。別に強制されていたわけではない。ある意味私が選んだ結果ではある。
それでも、その頃は大学受験以外のことは頭の中に存在していなかった。
大学生になり、社会人になり、経験値は上がっていく。当然だが、年月とともに経験値は上がっていく。それに伴い、視野が広がり、選択肢が増える。その増えた選択肢の中から自分の意志で選んでいく。
今の会社に勤めることは、いくつもの選択肢の中から自分の意志で選んだことだ。自分の意志で選んだ会社で、自分の意志に従って行動している。だから、とても自由だと感じる。
●今後どのように生きるか、自分で選べるから
私が今の状況を自由だと感じる3つ目の理由。それは、今後の生き方も自分で選べるということだ。
年月とともに、知っている“社会”は増えていく。これは私にとって、選択肢が増えることを意味する。
例えば、サボることを知らない人は、一生懸命働くことしかできない。手を抜くことを知らないために、精神的あるいは肉体的に限界を感じてしまうかもしれない。(もちろん、サボった結果としてクビになったり、減給されたりすることはあるだろう。それを知った上でサボることを“選択”するのだ。)
選択肢をたくさん知った上で今の会社に勤め続けることを選択したら、それは入社を決めた時の選択より自由な選択だと感じるだろう。
辞めたいと思ったら、辞めるという選択をすれば良い。他にやりたいことがあるのなら、それをやれば良い。
働かないという選択をすることもできる。(たぶん、飢え死にはしないだろう。)
自由だと感じるかどうかは、どれだけの選択肢を知っていて、どれだけ自分の心に従ってそれを選択したか、に左右されると思う。社会人1年生の私は、まだまだ知らないことがたくさんある。だから、今後はもっと自由になると思っている。
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井垣義稀