「どんとこい!不登校・不登園」ママの会 に参加してきました!

不登校の子供を持つ親です。

知り合いの紹介で、Umiのいえ  リンク で開かれている催しのひとつである、「どんとこい!不登校・不登園」ママの会  に参加してきました。

少人数でおしゃべりしながら、子供がもともと持っているいいところを思い出しました。 また、知らず知らずのうちに学校的な(教育的な?)枠にはめなければという思考になっていたことに気付かされ、子供自身が面白いと思うことをもっと一緒に楽しんでいいんだということにも気づきました。
不登校歴の長いお子さんのお母さんによると、その時は何の役に立つのか分からないようなことにハマっていてもそれが後々なにかに繋がっている実感があるそうで、ゲームであろうが何であろうが何かにハマることで思わぬところで追究力につながっていってるのだそうです。
親ができることは、子供が今ハマっている世界にもそれに携わる人たちの中には、いろんな役割があるんだよってことを気づかせてその中のどんなことに興味があるのか注視し、応援してあげること。
親が歩んできた道は子供にとっては過去。子供が歩む道を親の価値観に合わせるのではなく子供が歩む道を一緒に楽しめばいいし、それがこれからの社会の中で認知されていく世界になるようなそんな予感がしました。

そして、一度も学校以外の場(=社会)に出たことのない先生たちが運営する学校という場が持つ特殊性ゆえ、社会にでた時のことは学校からは学べないということ。
子供のためという建前と事務的に面倒くさいという本音の板挟みに先生自身もなっていること。(進級したいかしたくないかと聞かれ、もう一度やり直したいから進級したくないと子供が答えたらどれだけ大人に迷惑かけるんだと言われてしまう。進級するかしないかは校長先生の裁量で決めていいことになっているようですが子供の意見を聞く建前があるので聞かなきゃいけないけどおそらくその学校では進級するのが慣例なのだと推測される。)
一斉に同じことをさせなければならない場であること。
それ故に、大人の都合に合わない子供の言動は、先生の技量によっては脅しの対象になることもあるということ。学校に行きたくなくなる理由の1つはそれだと思いました。
先生も子供も窮屈で居心地の良くない場になってしまってるのかも。

不登校は、大人の頭がカタすぎる、思考を開放しようよ、という子供からのメッセージのような気がしてきました。

 

 

 

 

匿名希望