登校拒否は悪なのか?(2)

不登校は悪なのか? 続き

---------------------------------

・「学校は行かなきゃいけない」

 いじめをきっかけに不登校になったエピソードを語る当事者もいる。

 高度経済成長期の1970年代に小学生だった男性だ。高等教育を満足に受けられなかった親世代が、子どもには教育を受けさせ、良い学校を出て、良い会社へという将来を望む社会の風潮があった。

 進学熱が高まる一方で、放課後になると、草野球に興じる子どもたちもいる、そんな時代だった。だから、進学塾組と草野球組は対立することがあった。進学塾に行っている子たちは、テストの点数を伸ばし、偏差値を上げなきゃいけないというプレッシャーを背負わされた。自由気ままに草野球で遊ぶ同級生をねたましく思い、攻撃の対象にした。

 「帰り道に隠れていて、いきなり6人がかりで蹴られたり、筆箱を隠されてしまったり、定規におしっこをかけられて、それを筆箱に入れられたり、いろいろ陰湿なことをされていました」

 学校が安全な場所ではないと思った男性は、小学6年で学校に行けなくなった。それでも、「学校は行かなきゃいけないところ」「学校へ行かないことは大問題」という葛藤をずっと抱えていた。

・強硬策も「それでどうなの?」

 不登校を取り巻く環境に変化が表れると、文部省(当時)は1992年、学校不適応対策調査研究の最終報告で「登校拒否はどの児童生徒にも起こり得る」との言葉を盛り込んだ。

 さらに、文部科学省は2016年、「不登校を問題行動と判断してはならない」(16年9月14日「不登校児童生徒への支援の在り方について」)という通知を出している。

 こうした行政の動きを歓迎する一方で、ソーシャルワーカーの男性は連載のインタビューでこう指摘する。

 「かつては学校現場でも無理してでも行かせよう、学校復帰させるための努力をしなくちゃいけないというような空気があったように思います。いまはそうは言ってもヌカにクギみたいなもので、現実がもっと先を行っている感じはします。いま強硬策を出しても『それでどうなの?』みたいな感じになっちゃうんじゃないかなと」

 「一人ひとりはいろいろ葛藤があったとしても、不登校の数は毎年積み重なっているわけだから、その数の力というのは、無言の、無形のメッセージになっている」

・偏見は薄れても否定的なまなざし

 当事者でさえ、不登校になった理由をはっきりと説明できないことが少なくない。朝、制服に着替えていると頭が痛くなる。玄関で靴をはいても足が前に出ない。

 考えるよりも前に、体が反応する。こうなってしまったら、まず休むことが大切だ。いったんストップすることを否定してはいけない。

 その後、どうするかはまた別の問題。最近では、不登校に対する偏見は薄れてきているが、平日の昼間、学校以外の場所にいる子どもたちに向けられるまなざしは、やはり否定的だ。

 かつて、学校は「希望」だった。新しい知識を身につける。良い成績をとる。そして、良い学校へ合格する。「希望」が、学校の求心力になっていた。だから、ひとたび「学校に行かない」となれば、それは「絶望」を意味した。大問題だった。

 しかし、ここ最近ニュースなどで話題になるブラック企業過労自殺、老後破産といった問題を考えると、良い成績を収め、良い大学に進んだといっても、必ずしも先行きが明るいとは言えない。

 学校は今、「不安」が求心力になっている。せめて高校、大学くらいは……、となってしまっている。

・「不登校」から考える

 「不登校」は、よく分からないけれど……という状況が実はあまり変わっていない。

 ただ、不登校を考えることをきっかけに、精神医療や心理学が問い直されることになった。「子どもがおかしい」という考え方が変わってきた。学校に問題はないのか。教員の指導に課題はないのか。なぜ、学校に行かなければいけないのか。親たちが正しいと信じたことは、本当にそうだったのか。

 「学校に行けない」。そう打ち明けた我が子を目の当たりにしたある男性は、自らの会社人生を顧みることになった。「お父さんはどうなの」。そう問いただされていると感じた。これが自分のやりたかったことなのか。このまま定年を迎えていいのか。自問を繰り返し、結局、退職に踏み切った。

 学校、家族、仕事、生活……。「不登校」を巡る50年は、当たり前と思われてきた社会のあり方を問い直している。

 

 

 

門脇直輝