寺子屋と学校教育の違い(その2) 庶民発か国家発か、学ぶか教えるか、人間形成を目的としているかしていないか。

(その1)から違いを抜き取ってみた。×は学校教育

1)寺子屋では6歳から12,13歳の子供に「読み書き算盤」を中心として、年齢別ではなく子供の習熟度による段階的教育を施した。
×同一年齢による教育、18歳まで(最大24歳まで)教育と長い。

2)習字を通して、物を読むことを教え、書くことと読むこととを一体として教えた。 
×習字は教えず活字を読ませる事で暗記脳にしていく。

3)総じて寺子屋における指導法は個別式で、教材を精選し、僅少の教材を反復練習させる方式であり、その子供の性別・年齢・親の職業を考慮して師匠が決め、子供の習熟度、理解度に応じた「個別教育」を施した。
×国が決めた教科書を使い、共通教育を施す

4)寺子屋においては学業の進んだ兄弟子が師匠の補助をして師匠の替わりに新参の子供の手を取って、墨の磨り方、筆の持ち方、運筆の順序、書く時の姿勢などを教えた。だから、一人の師匠が百名内外の寺子の教育に当たる事ができた
×教師が生徒に教えるだけで教えあいは行わない。現在の教師が100数名を教える事はできない。

5)寺子屋での初等教育は実用教育が原則で、「読・書・算盤」と生活するための基礎教育に徹していた。寺子屋は庶民の生活に密着したものであり、根源的な需要に合致するものであったから存続し繁栄もした。
×実生活に密着しない役に立たない知識がほとんど

6)「手習仲間法度書」によれば、三十一箇条にわたり、寺子の学習生活、日常生活において心得るべきことを具体的にしめした。
×生活、しつけの教育は付け足しでほとんど行わない。

7)寺子屋における罰は、一面苛酷な点もあったが、師匠と寺子との情誼に満ちた結びつきの上に行われたので、罰せられても師匠に反感をもつことなく、かえって感謝の念に満ちて自己反省がおこなわれ、人間形成に役立った。
×罰は過酷で生徒を追い込み人間形成には役に立たない。

8)寺子屋では試験を浚(さらい)といい、浚は月末や年末に行い、前者を小浚、後者を大浚といった。一般に習字、読書を通じて行い、手本や教科書を師匠に預けておいて、暗書、暗読させた。
×暗読、暗書はしない。問いに対する答えを記憶させる。

※何より最も違うのが、寺子屋の教師は専門職ではなく実際に他に実業を持っている有志がボランティアで行った点。
さらに寺子屋は庶民の期待に応じて自然発生的に生まれたが学校教育は国家が主導して何らかの目的の為に似て非なるものを産み出した。

 

 

田野健