学校における教育・学習を支える集団・コミュニティの問題・・・⑤

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近代教育あるいは私たちが経験してきた学校教育は、そうした伝統的な教育の階層的・職業的・地域的狭さや特殊性を弱点と見て、それを克服すべきものとしてきました。

しかし日本でも他の先進工業国でも高度経済成長期を経て、子どもたちが家庭や地域の生活と労働の負担から解放されて、学校学習に専心できるようになりました。どの階層も経済的に少し余裕ができたこと、他方で急激な産業構造の変化によって家業の将来が見えにくくなって、子どもたちの将来生活の幸せのためには、少し無理をしても学歴をつけておくことが何より必要なことだと考えられるようになったこと、その結果1970年代の半ばには、ほとんどの子どもたちが後期中等学校(日本では高等学校)に進学するようになりました。
教育の機会均等原則の拡大や「すべての子どもたちに中等教育を」という民主的教育理念が現実のものになったのです。ところがそうなってみると、学校教育にいくつもの困難が現れるようになりました。

(4)前近代以来の伝統的教育の消滅
すでに1950年代に地域若者組はほとんど消滅していきました。そして60年代に家業継承の訓練も拘束も責任も消滅し、家族生活の任務分担さえ、70年代には消滅しつつありました。子ども・若者は、学校の外では自分のことだけ気にしていればいい唯の子どもになってしまいました。ある人は、子どもたちの失業状態、と表現しました。他人のために役立つ人間ではなく、学校勉強だけしていればいい唯の消費する子どもになったということです。

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近代社会にも、実は、前近代社会の教育学習システムが溶け込んでいたところの、労働を含んだ生活基礎過程とそこでの教育基礎過程があって、近代学校教育は、その上に成立していたということができるのではないでしょうか。近代学校教育は、前近代教育によって支えられていたと言うこともできます。極めて明快な社会集団所属参入過程があって、そこで子どもは育つ。社会集団参入過程を、生きることと学ぶことの基礎過程として、自分を抑制することも、耐えることもできるようになり、そして学習の必要と意欲をも、子どもはもつようになったのです。その基礎過程が消滅した現代社会では、学校の近代的土台が崩壊したと考えるべきでしょう。

3 ── 国という社会集団規模で課題・目的が見えた時代
しかしもしも、国家社会あるいは人類社会という全体社会への所属参入が、子どもたちにとって明瞭な過程として見え、感じられているならば、近代教育システムは、前近代教育システムを人間形成の基礎的土台とするなどというねじれた形態ではなくて、国民形成学校、人格形成学校の教育を純粋に成立させることができたはずです。
そういう時期があったかもしれません。日本の近代においては、たとえば次のような時代です。

a.1900年のはじめ日露戦争のころ、第一高等学校(ここには、エリート中のエリートが集まっていた)に在学していた人(富村登)の日記があります7)。彼は茨城の旧家の出で後に医者になりました。その彼の日記に日露戦争奉天会戦勝利の日の様子が記されています。

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この期において少なくともエリートたちは、日本という国の運命を自分のこととして感じ、感動しているのです。彼らは日本国という社会集団の一員として責任をもち、そこに役に立つ人間となるために必要な学習をするという、学習の意味をもつことができたに違いありません。

b.太平洋戦争期も特別の時代です。国も世間も地域も家族も学校という社会も、戦争遂行勝利という目的にむかって、まさに総動員されていました。その環境の中で子どもたちは自分の生きる意味と目的に疑いをもつ余地さえ与えられていなかったのではないでしょうか。
この期において学校の天皇制道徳教育が成功したのは、国民が一体となって天皇に奉仕するという現実の生活が生まれ、その社会に参加するという実感をともなって、学校の修身教育がリアリズムをもったものとして行なわれたからではないでしょうか。

c.高度経済成長期も生産の拡大と経済的豊かさの達成という目的によって、社会全体と個人の生活とが結ばれた不思議な時代です。地域や家を捨てて産業の拡大に邁進する会社社会にすべてを捧げること、家業を捨て、地域を捨てて、学歴を高めて自分の経済的豊かさと日本という社会の経済発展の一翼を担う人的能力・人材となることが、人の歩むべき道だと、いつの間にか信じられてしまった時代でした。(この時代がどういう意味を持っていたか、私には、考えを整理することができていませんが、産業先進諸国家にもたらした高度経済成長の歴史的意味については、十分な検討が必要だと思います。)

上に例示したような、国家社会的規模での物語を、個人の生活の糧(意味)とし、子どもたちの発達・学習・教育の意味とすることができる時代があったとしても、それは稀な時代でした。
近代社会の学校教育を成り立たせていたのは、家業、家族、地域などの前近代社会以来の社会集団への明確な参入過程をともなう教育でした。そしてその近代学校教育以前の教育という、人間形成生活基礎過程の上に、始めて近代学校教育は成り立っていたのではないでしょうか。

しかし、今や、その前近代社会以来の教育はありません。国家社会あるいは人類社会の規模の理想に参加していくという物語は、子ども・若者にとっては現代社会は複雑になりすぎていますし、規模において巨大にすぎます。子ども・若者の生活から、教育・学習を成立させる基盤8)が失われてしまっているのです。そして、先にも述べたように、管理と受験選抜の脅しと、利己的競争ゲームによって、やっと学校が成立しているように見えているのです。

 

 

 

 


加藤俊治