学校が必要ない理由、小・中の義務教育は子どもに有害すぎでしょ①

潜在思念では違和感を感じつつも、意識の表層へは出てきてなかった、教育への違和感。
その不整合がどんどん顕在化されてきていると感じました。
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常に理不尽さが、僕の背中に爪を立てて傷つける。「何故自分は人と違うのだろう?」と疑問を持ち続け、寝る時も、朝目覚めた後も泣いていた。僕が物心つく頃にはあれ~何か「人と違う」と感じながら生きてきました。

不登校から引きこもりへ移行して、社会から閉ざされた空間で、数十年と時間をただ浪費していく中で、自分が発達障害を持っているのだ、ということを意識し始めました。ある日、引きこもり生活に疲れて、第三者の支援を通して社会復帰を目指していくんですが、社会福祉を利用していく過程で、僕の内側(脳)が現代社会に上手く適用できない(装うことはできる)けど困難が多々あることが分かりました。

そして、子ども・若者総合相談センターの紹介を通して専門医を紹介してもらい「自閉症スペクトラム」の診断が下りました。

医師もなんだか曖昧で「孤立型」「発達障害」というキーワードを連発し、その辺の傾向があるんだと言っていましたね。内心へぇ~と、どこか他人事のように感じました。

自分が人生で経験する苦難自体は、社会生活を営む上で困難は確かにあるけど、受け入れなければ生きていけないし、工夫しながら騙しだまし前を向いて歩いていかなければ虚しさだけが残ります。例えば十年後の僕と今の自分自身が何ひとつも変わってない。そんな僕を想像すると、泣けてきますし、悔しさがこみ上げると思います。

僕が28歳の頃に発達障害という診断を受けたんですが、昔の教育システムが現代のようにある程度進んでいれば引きこもることなく、ワーキングプア状態になっていなかったかもしれない。

■なぜ親は子供を学校まで送り出すのでしょうか?

僕は理解しようとしても理解できない事柄のひとつに学校に行くという事がありました。学校に通う事が嫌なのにイヤなのに朝になると、母親が泣きじゃくる僕を引きずって送り出していました。母から聞いた話では幼稚園の頃から小学三年生までこんな感じで毎日のようにだだをこねていたそうです。

自我が芽生えてくる年頃になってくると、周りの目が気になりだしたり、恥ずかしいから一人で通うようになっていましたが、幼児期の様に理由は分からないけど、得体のしれない恐怖だけがありました。

そんな僕は、学校に通わずに自宅で学習することもできたはずです。

親御さんも学校は安全、安心して預ける事が出来る場所だという事も関係しているでしょう。小中学校の義務教育は9年間のカリキュラムは最低限の文化レベルを身に着けるだけでなく、高い社会的地位につなげる場所でもあります。

そして現代の学校教育は?

 

 

 

鎌田華菜