試験制度、学校制度への評価軸への疑問

 本日のサロンの議題が「暗記脳」のテーマなので、現代の試験制度と暗記脳について追求する。

 現在の試験制度や評価基準を約10年前ほどから疑問に思っていた。「何故100点満点なのか?」「何故学校によって違う先生が作ったテストの評価で、内申点を競って受験をするのか?」「そもそも、この内容は何に使って、この先使うことがあるのか?」と上げればキリがない。

 学校教育が暗記脳を生み出し、言語能力を低下させた。このことが、きっかけで評価基準が「点数」になり、収束したことも1つの要因なのではと考える。確かに表やグラフ、数字に表すと言葉だけより説得力があり、わかりやすくなる。しかし、評価を「点数」にすることで100%のうちの、何%?しか見ていないため、1人1人に向き合っていない。何を理解し、理解した内容を含めての先のない無駄なテストを続けたところで生徒自身の活力も上がらないし、ゾンビ化するのは明らかである。
 「テスト自体を廃止したらいい。」これが究極で理想ではある。しかし、テストは自分の実力を測るために必要だと語る学生が中にはいる。この子達には、テストが無駄だと説得するのではなく、テストは行い、評価は「点数」ではなく、「学んだ内容をあなたならどう活かすか」等、の発想力をもっと「言葉」で評価していくべきだと思った。
今の教師も言語能力のない大人の集まりなので、実現は先なるかもしれないが、「先を考えられない」「何を目的としているのか理解出来ない」はとてももったいないと思うので、「分かる教育」ではなく「理解した上での先を追求する」育てるを目的とした教育がこれからに必要だと私考える。
教師自体の意識改革も重要だと考える。テストを出す、宿題を出す、採点、チェックをすることで仕事をしている気になっているから、本来の学校での仕事の意味を理解せずここまで来た結果が今の現状だと思う。学校自体を存続させようと思うならば、何が目的か、自分本位ではないかを意識することも大切だと考える。

 

 

 

匿名希望