コエン・エルカ氏の著書から~「学校には行かなくてもよい」(2)

引き続きコエン・エルカ氏の紹介です。

>先生となる人は、先生になる前に人間になっていなければならないはずです。生徒と同時に自分も育つ。自分も少しずつ大人になる。一人の人間は生徒によって「先生」になるのです。必要なのは、教育に対しての冷めない情熱。あとは自分自身が教えるのが好き、人の成長を手伝いしたいという思いです。そんな先生がいれば学校はいいものです。
(中略)

お互いに正直であることを始まりとして、そこから学び合えばいいんです。ところが今の先生は尊敬できません。それはもうはっきり言えます。人間になっていないんです。
勉強のみで何も経験しないまま、一直線に「先生」になる者が多すぎます。「大人」になる前に教科書どおりにしか考えられないような「先生」になってしまうので、自分自身に生きた経験がない。子どもたちにはそれなりの鋭さがあるから、それがわかるんです。見下しては絶対にダメです。大人には見えないものが子どもたちには見える。子どもは聖なるものです。
(中略)

本当は勉強は楽しいものであるはずです。子どもたちにとって新しいものばかりですから。今まで行ったことのないところへ行くのと同じで、わくわくするはず。おもしろいものをおもしろくするのは、大人たちの想像力と知識です。そうでなければ今までの経験は何のため?使わないと意味がありません。
(中略)

知識は次の世代に伝える大切な遺産でもあります。
学校の役割もそのはずですし、どんな先輩でもどんな大人でも先生になるべきだと思う。できるだけ正直に子どもとだれとでも対話すべきだと思います。それが先輩の役割でしょう。みんなお互いに先生、みんなお互いに生かしあうべき。それによって子どもたちに「あっ、この人は真面目だな」と学ぶ気持ちがわいてくるんです。でもそれができる人、そこまで自分をさらけ出す人がいない。

「やりたい、食べたい、行きたい、見たい」その気持ちを育てるのがいちばん大切です。学校がそれをちゃんとやれば、子ども達は飛びつくでしょう。いろんな経験ができて、世の中には面白い人間がいる、という事がわかります。問題なのは自分の中にあるもの、自分自身を出す勇気があるかどうか。
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後半は先生の資質、子ども達の本質を突いています。
エルカ氏は以下のような言葉を伝えています。

・先生である以前に人間であること。
・先生は生徒によって人間になる。
・先生と生徒は学び合い。正直に子どもに対して誰とでも対話すべき。
・問題は先生が自分自身を出す勇気があるかどうか?

そして子どもたちに「やりたい、食べたい、行きたい、見たい」という追求する気持ちを大事に育てることが「教える」という事の本質なのでしょう。

 

 

 

田野健